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自分が消えていく感覚 ―― “本当の自分”を残す方法
10年前の私なら、
「あなたは誰ですか?」と聞かれても、
きっと胸を張って答えられなかったと思います。
「私は誰なのかな?」
そんな曖昧な感覚で生きていたから。
今、同じ問いを投げかけられたら、
声に出すかはわからないけれど、
心の中ではきっとこう思う。
「私は、私です」と。
「自分って何だろう?」
誰もが一度は考えるのに、
多くの人がすぐに思考を止めてしまう、
不思議な問い。
本来、一番興味がある存在は
“自分”のはずなのに、
なぜか多くの人はそこから離れてしまう。
「私なんて大したことない」
「どうせ私なんて」
そう口にしながら、
本当は一番自分に興味があるのに、
それを認めようとしない。
これは嘘。
意図的でも無意識でも、
自分に興味のない人なんて存在しない。
なぜなら、
自分という生き物に一番関心を持っているのは、
いつだって自分だから。
では、なぜ“自分”を否定してしまうのか。
理由はいくつかあるけれど、
その根にあるのは **「教育」**だと思う。
「自分よりも他人を優先するのが美徳」
そんな価値観が、
小さい頃からしっかり刷り込まれてきた。
自分を後回しにすると「良い人」「優しい人」になり、
やがて褒められ、認められる。
けれど、反対に自分の気持ちを優先すると、
「自己中」「思いやりがない」「協調性がない」
こんなラベルを貼られることもある。
不思議なことに、
“成功者”と言われる多くの人は後者に近い。
我が強いとか、自分を優先するとか、
社会は普段それを否定するのに、
突然「偉大な人になれ」と言って後者を例に出す。
こんな矛盾を、
幼少期の柔らかい感性に浴び続ければ、
誰だって“自分”を見失う。
では、どうすれば自分を取り戻せるのか。
まず、気づいてほしいことがある。
「良い人になりたい」「優しい人になりたい」
と多くの人が言うけれど、
本音は少し違う。
“良い人だと思われたい”
“優しいと思われたい”
このほうが真実に近い。
もちろん無意識のレベルで
“優しくありたい”気持ちもある。
でも現実は、
“他人から良く見られれば十分”という人が多い。
だからこそ、自分へのこだわりが薄くなる。
自分を知ると、人はこだわり始める。
「私は〇〇だから、ここは譲れない」
「これは私に必要、これはいらない」
ところが、自分を知ることは簡単じゃない。
適当に考えれば、「なりたい自分」に向かってしまい、
本質には辿り着けない。
理想と現実の差だけが大きくなり、
落ち込むこともある。
特に、長い間“本当の自分”を封じてきた人にとって、
自分を知る作業はとても難しい。
そんなときは、人を頼ればいい。
直接話せる人がいればベストだけど、
本でも動画でも構わない。
自分の想像の外側にいる人のほうがいい。
自分だけで考えると、
どうしても「自分の内側」でループしてしまう。
だから、想像の範囲内の自分しか見つからない。
広い視点を持つ人、
深く見える人の言葉が、
境界線の外へ連れ出してくれる。
自分を消すことは、意外と簡単だ。
でも、自分を消したまま生きるのは、
とても苦しい。
それは“流されて生きる”ということだから。
一方で、自分を保って生きることも
簡単ではない。
けれど、
本来の自分で生きることは、とても楽しい。
自分を大切にしてほしい。
本当の自分を、軽んじないでほしい。
あなたという存在は、
誰かの言葉で決まるものではなく、
あなたがどう扱うかで決まる。
自分を消さずに生きる選択を、
どうか、
自分のためにしてあげてください。
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