文化祭や、その後にやってきたゴタゴタも終了し、はや冬の足音が山風とともに聞こえてくる今はもうそろそろ12月。創立以来の古さを誇る旧館、この部室棟はその壁の薄さのせいもあって屋内にいながら、妙に寒々しい日のことである。
習性なのかどうなのか、もう俺にもわからなくなってきたが、朝比奈さんのお姿を拝みにこのくそ寒い中、今日もSOS団、アジトに足を向けている俺である。いったいどうやったらこんな風に人がかわるんだろうね、パブロフ先生にでもお伺いを立てたいものだと考えながらいつも通りに文芸部室、現SOS団のアジトのドアをノックした。
トンデモハプニングで朝比奈さんのお着替えシーンをみれるかもしれないが、そこまで俺はしない。いや、しないだけさ。鶴屋さんのこともあるからな。
「はぁ~い、今あけますねぇ」
独特の朝比奈ヴォイスに迎えられながら俺はいつもの定位置席にジャケットをかけて座り、いつも通りにかばんを置いて、いつも通りにメイド姿がもう普段着化している朝比奈さんの御手がさしだしてくれるお茶をうけとり、生前はきっと釈迦か仏かガンジーだったのではないかというその笑顔を見つめ、そしていつも通りに微妙にお願いするようなスマイルで俺を見てくる古泉のボードゲームに付き合うことにした。
ちなみに、やはりいつも通りに隅で小六法のような厚物を読んでいるメイドイン宇宙人っ娘の長門はたんたんとページをめくり、そのブラックホールのような目を俺が入ってきてもぜんぜん向けてこないのもいつも通りだ。逆に「こんにちわ」なんていわれたらまたわけのわからん事件が発生したのかと疑い、俺は速攻でコロンビア行きチケットをとって高飛びするかもしれん。まぁ、してもこいつならジャンボジェットの横を併走して飛びそうなもんだが。
しかし、一つ、いつも通り、というか俺としてはもうこのまま設定として固定されてほしい状況だが、ハルヒの姿が珍しく見当たらなかった。
「おい、古泉。ハルヒは見当たらないが、一回部室にきたのか?」
俺は最近小学生がやってそうな流行のカードゲームを自分のところに配置しながら聞いてみる。いつかなぜボードゲームばかりなのかきいていみよう。思わぬトラウマでも聞けそうだからな。古泉は無駄なスマイルゼロ円を俺に向けながら、
「さぁ。今日はまだ涼宮さんはみかけていませんね。しかし、そう心配せずとも遅れながらも来るでしょう。涼宮さんが欠席するなんて事態になったら僕はアルバイトでここにいません」
別に心配なぞしとらんのだがな。強いて言えば、こういう風にあいつがいない場合、何かのよからぬ前兆のような気がして首筋がぴりぴりする気がするんだよ。
「それは杞憂というものですよ。涼宮さんの精神状態は学園祭以後は大変安定状態にあります。ありすぎて僕たちは暇をもてあましてるぐらいです」
俺はカードを配り終え、配置したあとに古泉にサイコロをふった。そもそも暇であることが普通なのが気づかんのか。あいつが安定してるってことはまたよからぬことを考えてるってことだろ。
「いいじゃないですか。僕は最初は仕事半分でしたが、今は涼宮さんの持ってきてくれるイベントを楽しんでいますよ。それに、それが涼宮さんの精神が安定している目に見える証拠です。ですから僕として一石二鳥というところでしょうか」
古泉がまるでクローズアップマジックをするかのような滑らかな手つきでサイコロを振り、カードを裏返す。まぁ、いいさ。俺は朝比奈さんのお茶がのめて長門の彫刻読書スタイルが見れればな。あの常時ウラン核融合しているような底なし元気娘の精神分析はお前にまかせるぜ。
「ええ、お任せを」
安っぽいホストがやっと指名をうけたようなにっこり顔を俺に向けてサイコロを渡してくる。
それからはずっと誰もしゃべらず、普通に無言な、だがそれも居心地のいい時間が流れていた。我らが女神、朝比奈さんは団長席のよこに席をだして座り、その白魚のような指でマフラーの続きを編み出した。一体誰にあげるんだろうか。俺だけだとなんともうれしくその場で失神してしまいそうだが朝比奈さんのことだ。どうせ団員全員分を編むのかもしれない。しかし未来にもまだ編み物の習慣があるのか。
古泉は古泉でやはり、カードゲームにしても弱く、やっていてまぁ暇つぶしにはなるがいい加減こいつは向上心というものがないのだろうかと考えなくてもいいことまで考えてしまう。今度明日までに強くなって来いと宿題を出してみるのもいいかもしれない。案外この条件付エスパーは快諾しそうだしな。ボードゲームが強い古泉もそれはそれで不気味・・・・・、まさか手をぬいてるんじゃないだろうなこいつ。いや、これは本気で弱い。ラストダンジョンになぜか闖入してきたレベル一のスライムぐらいの弱さだ。まぁそのうち手のひらが裏返って物凄く強くなるかもしれんから俺は傍観に徹させてもらおう。
長門は相変わらず時間停止魔法をかけられたかのように静止して、そしてページをめくる動作でやっと起きていることにきづかされる、が俺は無表情の長門の顔を見ては最近は安心する。
長い付き合いなのか、努力の賜物なのか、微妙ではあるが長門の無表情に多少の変化があることに気づき始めたのだ。横で編み物している未来人や、にこにこさんの向かいの超能力者はどうかしらんが、たまにだが無表情に多少の別の感情がまじっているような気がしている。ただの過剰な反応かも知れんがそのうちある程度はっきりと見えてくるような気が俺はしている。
ちなみに今の長門の無表情フェイスにあるのは「日常」「安心」といったものだと思う。たぶんな。
そんなくだらない益体のないことを芭蕉のじいさんよろしくつれづれと考えながら静かな時間をすごしていた。時折外から聞こえてくる運動部の声や吹奏楽部のへたくそな音に、ああ、俺たちもあーいう高校生らしいことを一回はしたらどうなもんかねと不在の団長に直訴しそうかと凡庸とした頭でカードゲームをしていた。
しかし、なんだか落ち着かず、スリープモードに入りそうだった頭を顔をあげて再起動した。
毎度いろんなことに巻き込まれてきたSOS団、というよりもっぱら俺だったが、しかしそんな事態が毎日毎日律儀におとずれるわけもなく、だいたいあれやこれやの非日常爆弾が炸裂していたら俺の身がもたず、心のほうはもっともたない。
横においてあった朝比奈印の暖かいお茶で一息つく。
しかし、ハルヒがいないとほんと、静かでいいなぁ、静かでさっきはルーチンワークをこなす事務員のような頭になりかけたが。
でもすこし・・・・静か過ぎるか。
そうおもいながら俺はよくよくこの団長様のおかげで物置のようになっている部屋を睥睨する。いつこんなものもってきたというものもあればそういえばこんなものかわされたなぁ、なんていうものもあり、少し少年心をくすぐらせるような目で情景をみてすでに誰の手にも触られずに平ずみにされているノートパソコンであんな長門もう少しみてみたかった等とくだらないことを考えて頭をを前に戻す。
よく考えたら、もうハルヒや朝比奈さん達とであってもう半年経つのか。時間、なんていうとあの、エンドレス繰り返される夏やら七夕なんか思い出しちまうが、そんなに時間が経っているのは正直俺としては驚きだ。
とりあえず、サイコロを転がして、なんともすでに劣勢であるのに相変わらずの板状の戦況にもかかわらず、能の翁面をはっつけたような笑顔で俺をみている古泉との対戦にまた漫然と戻る。
そんな時間を考えると、この団もいろいろやらかしてきたもんだ。ハルヒが原因なものもあればそうでないものも含めてなあ。いつもあいつがなにやらひっぱりこんではどちらかというと巻き込まれて(ほかの異能三人はわからんが)というのが太陽が東からのぼるのが常のようにあたまえだったしなあ。西から登れとあいつが言えば、本当にそうなりかねないのでいい加減これはこの辺でやめておこう。ま、たいていこうして俺たちがまったりと時を過ごしている最中に、あいつが突然飛び込んできてはじま
「みんなー! 聞いて! 朗報よ!」
部室全員が突然本当に飛び込んできてケータイの画面を見せつつ、お決まりにもほどがあるだろうが少し芸を変えたらどうだといいたくなるような一尺球の花火よりも輝いているだろう笑顔のハルヒが叫んだ。
ほかのやつらはどうかしらんが、俺はまた心底げんなりしてまるで海にもぐったらステラダイカイギュウにうっかり会った気分に一気に落ちる。
またか。こいつの言う朗報というやらが、俺たち、特に、俺と朝比奈さんによって朗らかな報告となったことなど実際ほとんどないのだが。めんどくさいが例によって誰も口をひらかんのでもういっそ代弁者である俺が聞く。
「今度はなんだよ」
アメリカ大統領とのSOS団アメリカ支部についての面談でも取り付けたか? 本当にありそうで嫌だな。
「部室に暖房器具を設置する手はずが整ったのわ」
そう満足げにいいながら部屋を迂回して自らの特等席、団長席に鞄をおくないなや胡坐で座る。というかそこはいい加減つっこまないでいいよなハルヒよ。ていうか詳細言えよ。
「あ、はいはい」
もうすでに脊髄反射的に人が座るとお茶を汲んでしまう可愛らしい朝比奈さんは少しのアイコンタクトでハルヒのお茶を入れるがために編んでいたマフラーを椅子において立ち上がる。
「映画とったときにスポンサーになってくれた電気屋さんが提供してくれるって」
相変わらず得意げにいいながら腕組みをするハルヒ。
「去年の売れの残りを倉庫にしまったっきり忘れちゃってて、処分に困ってる電気ストープでよければーってさっき電話があったの」
またなんだが自己解釈してやがる。ハルヒにわざわざそんな電話してそんな申し出をするほど暇で親切な電気屋はなにだろうからどうせこいつがごり押しでねじ込んだんだろう、なんとも内にも外にも迷惑かける奴だ。
「だからキョン。あんたこれから店にいってもらってきて頂戴」
「俺が?」
っていうかどこが、だから、なんだ。まったく文脈が意味不明だ。
「今から?」
「そう! あんたが今から」
いっそのこと清清しいまでのこの言い切りっぷりに俺はまたこめかみに手を当てたくなる。
「おまえ……」
朝比奈さんの忠実までのほどのメイドっぷりを横目に一応無駄ではあろうがこの自己中がポリシーのやつに交渉してみる。
「俺が毎日往復している山道をもう一回降りて、しかも電車でニ駅かかる電気店にいってから、おまけに荷物抱えてここまで戻って来いって言うのか?」
「そうよ! だっていそがないとおっちゃんの気がかわっちゃうかもしれないじゃない、いいからさっさと行ってきなさい! どうせ暇なんでしょ」
まぁ、反論諸々いっぱいで言い始めたらとまらんが、この部屋にいる時点で暇でないやつなどいないようなきがするんだが。
「お前は暇じゃねえのか」
とりあえずの足掻きをしてみる。ま、こんなことで突き崩せたら相対性理論を相関数で解き明かすことくらい簡単なのだが。
「わたしはこれからしないといけないことがあるから」
そういうと不適な笑みをメイド装備の朝比奈さんに送る。またなにやら企んでいそうだが止められそうにもないな。
「古泉君は副団長であんたは平の団員なんだから階級の低い方がきりきり働くのはどこの組織だって同じよ、もちろんSOS団もそのルールを採用しているわ」
途中のこれ見よがしに誇らしげな顔を作る古泉に誠に腹がたったが、古泉が階級が上なのはいいとして長門はどうなんだ? まぁ、この前のゲーム戦やら、そのへんの頼りになるところのを思えばこのSOS団一の功労賞はわからないでもない。また何かあったときは長門、頼むぜ。そういわ言うわけで俺は溜息をついて早々に立ち上がる。
諸々考えればま、いいか。今回ばかりはハルヒもマシな用件を取り付けてきた。
「わかったわかった」
「どうぞお気をつけて」
相変わらずのニコニコ君の古泉だが、言われてもうれしかねえよ。
ま、ちょうど部室に暖房器具がほしいとおもっていたところだ。朝比奈さんや長門に行かせるくらいなら俺が行くさ。
「わたしもいきましょうか」
「みくるちゃんはいいの。ここにいなさい、雑用係はキョンの使命みたいなもんなのよ」
朝比奈さんののご好意とハルヒのアリさんの前においた隊長の塩のような応酬を聞きつつ、とっと俺は防寒着を着て部室をでようとする。そういえば長門は何の一言もなしか、ていうかあったら逆に不気味だな。
「待って」
ふいに朝比奈さんの声がかかって振り向くと朝比奈さん、自らのマフラーを俺の首に巻いて着てくれた。
「今日は冷えますから」
いえいえ。もう俺の心は、その朝比奈さんの笑顔で冷えるどころかデバイのサンセットビーチに時空転移している気分です。
「どうも」
「は・や・く! 行きなさいよ!」
やれやれ。
この少しばかりの雰囲気ぐらい楽しんだっていいだろうが。まったくいつもせわしい奴だ。
俺はひらりと片手を振ると朝比奈さんのマフラーともに休館をでて昇降口を目指していった。