つぶやきJIOROの雑学日記ゆうこ

今、NHKで「江」をやっていますよね。「お江」と春日の局と関係があるって聞いたけど・・・。


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のちの三代将軍家光(幼名、竹千代)を巡り、生母、お江与(お江)と春日の局(当時は、お福)とそりが合わなかったとも言われいるんだ。
これが後年、家光とお江与が自ら育てた秀忠の次男、忠長との確執につながったという話もあります。

春日の局は三代将軍家光誕生にも一役買っているよ。
第三代将軍は 二代将軍の二男忠長が有力視されていました。
春日の局は、自ら駿府城の家康に直訴しました。結果、家康の鶴の一声で、第三代将軍に長男の家光が第三代将軍に決定したんだよ。家光から見ると恩人だから、春日の局を優遇したんだ。


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そうなんだ。


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春日の局は、大奥を組織的に整備させ、現在知られる形に整えていった人です。
女だけの大奥に発展させたことから、良い意味ではありませんが、OLの人のニック・ネームに「お局(つぼね)さま」とか「○○の局」とか使われたりするルーツになっているんだ。

1629年、幕府の命令で、春日の局(お福)は後水尾(ごみずのお)天皇に拝謁(はいえつ)する必要が出てきました。
当時は無位無冠(むいむかん、肩書きの無い人)が天皇に拝謁することはできませんでした。
そこで、形式上、三条西実条(さんじょうにし さねえだ)の養女になり拝謁しました。
その時、天皇より「春日の局」の号を賜ったのです。



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春日の局の墓も変わっているんだ。


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そうなんですか?


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春日の局は、1643(寛永20年)に亡くなり、麟祥院(りんしょういん、東京都文京区)に葬られています。
墓石に四方から穴が貫通(かんつう)している大変めずらしいものです。

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春日の局の「黄泉(よみ)からも天下のご政道(せいどう)を見守れる墓」を作ってほしいという遺言によっています。


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今日の夕食のおかずは「まぐろ」なの?


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そうよ。でも、この頃、値段が上っているのよ。


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世界的にマグロが高騰しています。
一つは、欧米の健康志向です。BSEや鳥インフルエンザによる食肉不安から魚食ブームが起きています。
いま一つは、中国です。
中国でも、健康食として日本食ブームが起き、上海など沿岸部の富裕層を中心に刺身やすしを好んで食べるようになっています。
この影響が日本に押し寄せているんだよ。

日本人は世界的にマグロ好きで知られているんだ。
日本で食べられているのマグロは、クロマグロ、ミナミマグロ、メバチ、キハダ、ビンナガなどです。
クロマグロ・・・世界全体の約8割、ミナミマグロ・・・世界全体の97%、メバチ・・・世界全体の42%、ビンナガ・・・世界全体の17%も消費しているんだ


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でも、どうして、「まぐろ」って言うの?


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目が黒いことから「眼黒(まぐろ)」の意味とする説と、背が黒く海を泳ぐ姿が真っ黒な小山に見えることから「真黒(まぐろ)」の意味とする説が、あるんだ。
まぐろは 「鮪」と漢字で書きますが、「有」は「外側を囲むという」意味があるので、「鮪」で、大きく外枠を描くように回遊する魚の意味になるんだよ。


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私、トロ好きなのよね。


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トロは肉質がトロリとしているのが、語源だよ。
江戸時代以前では、マグロといえば赤身を指し、赤身に比べ品質が劣化しやすいトロの部分は上等な部位とは考えられていなかったんだ。
切り捨てられるか、せいぜい、「ねぎま鍋」などにして加熱したものが食べられていたんだよ。


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ねぎま鍋って知らないわ。


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「ねぎま鍋」は「ねぎ」と「マグロ」が入った鍋のことです。
江戸時代の人には、トロの脂が嫌われ、ネギと煮ることで脂身を消したそうです。『ねぎま鍋』は、「庶民の味」として食べられていました。
今ではほとんど食べられていませんが、低カロリーの鍋です。

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明治時代以降、トロが好んで食べられるようになりましたが、庶民がトロを食するようになったのは、、保存や輸送の技術が向上し、食の欧米化が進んで脂分の多い食べ物が好まれるようになった戦後です。




ねぎまのレシピ は、 misbit.com をご覧ください。
【遊郭】

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今回は、東大と・・・の意外な関係を話します。


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東大って、あの東大?


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そうだよ。
東大農学部のすぐそばに、根津神社があるよね。
江戸時代、この門前に繁華街や遊郭(ゆうかく)が形成されました。明治10年には吉原を抜いて東京第一の遊郭となったそうです。
しかし、明治17年、日本最初の大学、東京大学(当時は帝国大学)が近隣の本郷に開設されることになると、風紀上の問題から根津遊郭廃止が叫ばれたんだ。
根津という地名も、「寝ず」から付いたという説もあるんだ。
ちょっと、アダルトな話だね。


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そりゃ、そうよ。東大の近くに遊郭じゃ問題だわ。


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結局、明治20年12月限りで遊郭は廃止され、そのほとんどは深川の洲崎(すざき、現在の東陽1丁目)に移転しました。
移転後は、「洲崎遊郭 」「 洲崎パラダイス 」 として、昭和33年に売春防止法が施行されるまで歓楽街としての隆盛を誇りました。



【弥生時代】
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「弥生時代」の名称も東大と関係があるんだよ。



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へーっ。


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明治17年、東京府本郷区向ヶ岡弥生町(現東京都文京区弥生)の向ヶ岡貝塚で壺が出土したんだ。
この壺は縄文式土器とは異なるものと認められ、町名「向ヶ岡弥生町」から「弥生」をとり「弥生土器」と命名されたんだ。

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その後、向ケ岡遺跡周辺は開発が進み、正確な所在地がはっきりしなくなっていました。
東京大学文学部考古学研究室が、本郷キャンパスの一角、工学部9号館の近くで遺構の一部を確認し、その周辺であることがほぼ確定的となっています。

【ちゃんこ】

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今、大相撲がゆれています。
力士は、未だにチョンマゲを結い、一つの部屋で共同生活をしていますよね。
世間は朝、昼、夕と3回食事を取りますが、角界では朝食と昼食を兼ね稽古後に1回、夕方に夕食を1回と2食です。
角界用語を紹介しましょう。
ゆうこさん、「ちゃんこ」という言葉を知ってますか?

 
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鳥、豚、野菜、豆腐などが入ったあの鍋でしょ!


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鍋と言うと半分正解で、半分は不正解です。
「ちゃんこ」は、本来、力士の食事全般を指します。
鍋だけがちゃんこと思われがちですが、それは誤りです。
本来は、スパゲッティでもハンバーグでも、「ちゃんこ」なのです。

「ちゃんこ」の語源には
(1)「ちゃん」が中国のことで「こ」が中国語で鍋という説
(2)親方を「父(ちゃん)」弟子を「子(こ)」とし師弟共に食べるのでという説
(3)マレー語のcampur(チャンポール)→チャンプルー(沖縄)→チャンポン(長崎)に由来する説
があり不確かです。


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今ではちゃんこ鍋を出すお店も増えましたよね。


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お店で食べると、食材に牛・豚を使ったちゃんこ鍋があるけど、力士は牛・豚よりも鳥を好みます。
これは、鳥は後足だけで立ち、前足は地面につきません。相撲では手を着けば「負け」なので、縁起を担ぐ意味があるんだよ。

近頃、流行りの「塩ちゃんこ」のレシピCOOKPAD




【タニマチ】

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タニマチも面白い言葉よね。


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角界では、スポンサーのことを「タニマチ」と呼んでいます。
タニマチは大の相撲ファンで、力士の為なら何でもしてやる。こういう意気込みの人が多いです。
バブルがはじけるまでは、力士に10万位の神戸牛の差し入れは当たり前で、100万位の差し入れをする人もいたんだ。

このタニマチの語源は、諸説あるのですが、明治初期に大阪府南区谷町(たにまち、現在の大阪市中央区谷町)七丁目で開業していた大の相撲好きの医師が力士が診察に訪れた際に治療費を受け取らなかった、という話に由来するという説が有力です。

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今度、三茶に引っ越そうと思うの。


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三軒茶屋だね。
三軒茶屋の地名は、江戸時代に今の世田谷通り(大山道の本道)と今の国道246(近道)の分岐点に「三軒の茶屋」があったことに由来するんだよ。
昭和7年、世田谷区ができて、三軒茶屋と呼ばれるまで、荏原郡中馬引沢村(なかうまひきさわむら)、下馬引沢村、太子堂(たいしどう)村だったんだ。
ここも、80年くらい前は、農村部だったんだね。


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そうなんだ。


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明治30年代に今の世田谷公園のあたりに軍事施設がつくられ、明治40年には、玉電(たまでん、玉川電気鉄道)が走り出します。
関東大震災後、玉電が通る交通便利な三軒茶屋に多く流入し、人口が急増したんだよ。
玉電は、渋谷から二子玉川園まで走っていた路面電車で、開業当時は旅客よりも多摩川の砂利輸送の方が主体でした。
首都高の高架が未だなく、玉電全盛期の頃の三軒茶屋交差点風景だよ。

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随分レトロね


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三茶は「住みたい町」ランキング上位だし、、「芸能人が数多く住んでいる町」で有名だよね。
そういう意味じゃ「オシャレな町」だけど駅前のエコー仲見世商店街やすずらん通りなどレトロな景色が多く残っているよね。
平成8年に完成したキャロットタワーは三軒茶屋のランドマークだね。
建設中の外壁の色がにんじん(英語でキャロット)色に見えたことからその名が付いたんだけど、実は、世田谷区内の中学生の命名なんだ。
最上階は入場料無料の展望スペースになっていて、都心を望むことができるよ。