今日は昨日の着付けと通院がたたったのか、足とおしりの筋肉痛と倦怠感がひどいでござる。

体調と精神面というのは直結するもんで、今日は一日気持ちはブルー。


いろいろと考え込んでしまうなあ。



どうして病気を治すために薬を飲んでるのに、その薬で病気になったり

副作用とかで嫌な思いをしなきゃいけないんだろうか。

学校に行きたいけど、こんな風になった自分を世間に晒す恐怖もある。

好奇の目で見られるんじゃないかって不安と、昔の外見を知られてるだけにこんな顔晒すのは恐怖でしかない。

詳しい病状なんて知らないから、出来ない作業をやらないとかサボりとか思われるのかな。

笑われるかな。陰で嫌なこと言われたりするかな。



いろんな思い、不安、恐怖、未来、戸惑い、ギャップ、



実家は美容室だから、実家療養してると嫌でもママの仕事を目にする。

休む暇もなく働くママを尻目にあたしは何をしてんだって。

あたしにできることって何なんだろう。

すごく落ち込む。あたしは何のためにこうしてるんだろう。

これから先いったい何ができるんだろう。



仕方ないとか、無理するなとか、そう言ってくれるのはありがたいんだ。

あたしの身体を考えてくれてるんだって思うし、助かるし。

でも、その言葉が時々あたしに重くのしかかる。

何もできない自分を認めるみたいで苦しくなるよ。

実際は気持ちだけ早歩きで身体は本当に何もできないから、その言葉に甘えるしかないんだけれど。


じゃああたしは何のためにここにいて、生きてるんだろう。

いつかきっと良くなるんだ、

いつか顔も元に戻るんだ、

いつか、いつか、いつか、いつか、いまはしかたないよ。


いつかっていつなの?いまはしかたないの?


見えない、読めない、先のわからない未来を夢見て耐えるしかないのは

病気の人はみんな理解してるし受け入れるしかない問題だけど

その人たちそれぞれがそのわからない未来をきっと光ってると信じて縋るしかないのに。

不安に押し潰されそうでも、只耐えるしかないなんてこの世は本当に不公平だ。



自分と他人を比べて生きて仕方ないだろうこんなんじゃ。

そうして悲しくなってしまったって仕方ないだろう。

他人に言われるより病気の人たち本人が一番わかってる。

人は人、自分は自分、

気軽にそんな言葉を口にするなよ。

どうして自分は健康に生まれて、生きていけないんだろうなんて

本人が一番に思うだろうし一番に苦しいはずなんだ。

考えすぎるなとか、暗い気持ちでいても仕方ないこともわかってんだ。

でも、じゃあ。

健康体を持つ普通の人たちはいきなり自分に難病を宣告されたら、考えないのか、暗い気持ちにならないのか?



所詮自分に火の粉が降りかからないと人間は他人事に自分を投げ出すほどの感情なんて抱けない。



病人は健康な人が健康体でよかったと再確認するためのものじゃないんだよ。



どうして普通のことを普通にできないのか

どうしたら立ち向かえるのか

どうしたら笑っていられるのか

どうしたら自由に生きれるのか

どうしたら好きなことができるのか

どうしたらみんなと同じことができるのか


どうしたら?どうして?なんで?

わからないことばっかりで

原因のわからない病気だからいくら考えたって

どうして?の答えなんかでなくて、

なんでだろうねって聞かれたって

それを一番知りたいのはあたしで

ムズムズする、グチャグチャになる。



誰にもどうしようもない問題を

沢山の人たちが抱えている。

みんなその不安を身を寄せ合って

励ましあって立ち向かっていかなきゃならない。

自分は独りじゃないんだって

そう言い聞かせないとやっていけないのは

悲しいことなんかじゃないよね。



何を頑張ればいいのか分からなくても

あたしたちは何かを頑張って生きていかなきゃいけないんだろう。


その“いつか”を信じて頑張るの。





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せめてもの思いであたしに今日出来たことは

皿洗いと、食器の片付け、昼食作りの手伝いだけでした。


ああ、自己嫌悪、略してジコケン。