東京パパラッチ -6ページ目

東京パパラッチ

★★★★★★★★★★★★★★★

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中野新橋にある手打ち蕎麦屋「丸福」に行ってきた。



この丸福は昭島にも暖簾分けした店があってそれが俺にとって子供の頃から慣れ親しんだ手打ちそばの味。
学生の時分には出前のアルバイトもさせてもらって大変世話になりもした。

この丸福があったればこそ今でも俺が蕎麦好きである理由の一つで、出先で「手打ちそば」の暖簾を見ればついつい入ってしまうのだ。

そして蕎麦の美味い不味いを分かつのはお袋の味と同じで世間一般の良し悪しに左右される事なく、いかに「丸福」の味に近いかどうかが俺の判断基準。

故に俺にとって「丸福の手打ちそば」は世界中の蕎麦のピラミッドの頂点に君臨する唯一無二の蕎麦なのである。

ちなみにこれまで数え切れない蕎麦を食べたけど忘れ難いほど美味かった丸福以外の蕎麦となると千葉県の松尾にある蕎麦屋くらいしか思いあたらない。


そんな俺の心の味である昭島丸福は何年か前に店のおじさんが亡くなってお店も失くなってしまった。
あの味を食することが無くなって久しい。

ただ、店内に中野新橋に本店がある事を知らせるポスターがあったのはずっと憶えてて引っかかっていた。


そして今日行ってきた。


懐かしいおじさんの味だった。
きっと暖簾を分けてから亡くなるまでずっと本店の味を守ってたのだと食べながら感じた。


また中野新橋まで蕎麦を食べに行こうと思う。

俺が子供だった頃はまだ短パンの時代だった。
今はハーフパンツみたいな膝丈くらいのが短パンみたいになってると認識してる。

当時は男の子は短パン、女の子はスカートってところだったかな。
ズボン履いてる女の子はなかなか珍しい存在だった。

でもって今は当時男の子が履いてた短パンサイズのものを若い女の子が露出度高い格好で履いてるね。


でも今、男の子があの短パンを履いたら露出度が高い…というより今も昔も露出するのだ。


体育座りなんかすると大抵横からチンコがはみ出る。


「横山」みたいな名字の人は殆んどが「横チン」とか渾名されてたに違いない。
はみ出ていようがいまいが。


それくらいあの当時は横チンがポピュリズムを得ていた。

サッカー選手も短パンだったな。


そう、何も短パンを履いてたのは子供だけではなかった。


昨日80年代のQUEENのライブがCSで放送されてて思わず観てたんだけれども、ウェンブリースタジアムが数万の観衆でいっぱいになってた。

そんな熱狂のステージに立っているメンバー4人の服装がいかにも80年代って感じでさ。

フレディは「ベティちゃん」のプリントTシャツ着てた。
壮大なバラードを秘めたる情熱を徐々に解放するような無二のQUEEN節に耳を奪われたんだけれども、目の方は「ベティちゃん」に奪われっ放し。

まぁ台無し。
でも聴衆は熱狂。



そしてベースの人は黄色い短パン履いてた。
数日前に「噴飯物」という言葉についての記事を見て以来
この言葉が頭から離れず三度の食事の度に噴飯している。

記事の内容は「文化庁の調査によると【噴飯物】という言葉を正しく使用している人の割合は20%」みたいな記事だった。


まずこの記事で最初に感じた事といえば文化庁が税金を使って【噴飯物】って言葉を
調査したという事実に驚き慄き、俺も文化庁で働きたいと思った。
やっぱり役人って最高。お役所仕事万歳。
誰も頼んでないのに、望んでないのにそんな事してた。
暇なのか?

羨ましい。そのうえ面白そうだ。
加えてこんな真似しておいて税が足りないみたいな方向で固まってるし、
その図太さや根性を見習いたい。


これについてはこの辺で留めおいて次。


【噴飯物】という言葉について。


「部長!おはようございます、昨晩は御馳走様でした!それにしても昨日の田中クンと店員の
やりとりはまさに【噴飯物】でしたね!またあのお店に行きましょう。」







【噴飯物】ってあまり使わないよなぁ…
まぁ例文みたいなシチュエーションもほぼないと言っていい。
【This is a pen.】と同じくらいに。

勝手な思い込みかもしれないけど「面白かったですね」とか「楽しかったですね」とかいう
平易な言葉遣いが憚られる場面や文体の時にそれにとって変わる言葉のように思う。

とにかく積極的に使おうと思えばいつでも使えるけど度々【噴飯物】なんていう表現を
使う奴がいたら「なんだこいつは?」ってなる。

そんな【噴飯物】を全くもってご苦労な事に文化庁は調査してくれた。
頼んでもいないのに。
繰り返すが誰も望んでいないのに、だ!


さて次。


これだけ普段使わない言葉なわけだから【噴飯物】ってまさにここぞ!
という時に使う必殺の表現だとも思うのだ。
なにしろ飯を噴き出すくらいだからね。
誰だって一度口に入れた飯ならば飲み下したいはず。
大人も子供もお姉さんも、善人も悪人もみんな一緒。
そいつをあろうことか真に不本意ながら噴き出すんだからもう一大事。


まさしく表現の中の表現、伝家の宝刀である。
そんな【噴飯物】を80%の人が間違って使っているらしい。
それってつまり、あらぬタイミングで噴飯してるって事でしょう。

これぞまさしく【噴飯物】である。


調査によるとかなりの割合の人が腹立たしい時に噴飯しちゃうらしい。
面白おかしい事があって思わず噴飯してしまうのは実際にあるし、
そうなってる人もたくさん見てきた。


それでも多くの人が怒りの感情とともに噴飯するというのだから
「ええっ?」って思ったけどよくよく考えてみたら納得できなくもない。

太っててハゲてるいかにも気の短そうなオジさんが、
レストランでのディナー中に料理の中に髪の毛を発見して怒りに打ち震え噴飯する様子。
「これはどう考えてもワシの髪の毛ではない!」みたいな事を勢いよく飯を噴き出しながら猛抗議してるオッサンがいたらこっちだって噴飯しちゃうよ。


もうこうなるとありとあらゆる場面で噴飯が可能。
つまり噴飯するという事は面白いというのもそうだし怒りに猛るというのもそうだし、
とにかく常にはない強いショックが自分の中に芽生えた瞬間に噴飯するのだ。
だから【噴飯物】という言葉はショックのベクトルに左右されずに使える。



「一昨日飼い猫が死んでね、そりゃあ【噴飯物】だったよ…」


「そうとは知らずにヤクザの女に手をつけちまって、その恐怖といったら【噴飯物】だったよ。」


「走り慣れた道を車で流してたら急に子供が飛び出てきてね、あん時は【噴飯物】だったな。」




どうだろう。
みんなで噴飯してみようじゃないか。

ビンテージっぽくレリック加工がしてあるギターを見てカッコいいなって思ったから、
早速自分のギターをしばいてみた。
比較的出番少ないテレキャスね。

そいつをレンチ、ニッパー、スパナなどでしばく。

一番ダメージを与えられるのはスパナだったね。
丸くカーブを描いてる部分と鋭利に尖った部分が相まって
予測不能の打撃能力を発揮。
一撃必殺でした。

ところでそんな自前レリック加工の出来栄えはというとこんな感じ。






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あのね、しばいてるうちにだんだん楽しくなってしまって
当初のビンテージっぽさを演出する目的は結構初めの方でどこかに消え失せた。
もはやゴールを見失って小一時間しばき続けた結果。



普段やらない事に手を出した感じ、、、
たとえば昨日買って来たテレビを今日窓から豪快に放り投げる、そんな感じだったね。
やってしまった後悔とやってやった爽快感みたいのがDNAの螺旋状のように
グルグルグルグル。

でも、なんだかんだで衝突の後に深まる絆のような愛着が湧いてきたので、
21日の八王子マッチボックスでのライブではこいつ使おうかなって思ってる。


土曜日にフカツとスタジオ入ってた時の事なんだけど、

そのスタジオでは中でタバコ吸えるから度々火をつける機会があったのだが
俺の持ってたライターが全然点かなくてね。
オイル切れだかなんだか知らないけど。

最近のライターって子供の事故防止の為に
着火器具が簡単には作動しないように固いバネが仕込んであって
なかなか点火に苦労する。
その日俺が持ってたライターは大人の俺が心折れるくらいバネが固いやつで
そのうえ押し込んでも火が点かないっていう役に立たないうえに腹立たしい
ライターの風上にもおけない奴だったのさ。

「ライター?お前がか!?
笑わせんな。
おいみんな、今の聞いたか?
こいつ自分がライターだと言ってるぞ。
火なんか全然点かないくせに!」


とにかくそんな奴だったのでそいつには早々に見切りをつけて
フカツにライターを借りることにした。


ところがフカツのもまたライターの風上にもおけない奴で。
いい大人が二人して火の点かないライターを貸し借りしあって過ごす3時間ってのは
なんとも情けない絵だったね。

事故防止機能ついてからというものの妙にライターの点き具合がよろしくないように思う。
子供の事故防止の為にこんな事になってるみたいだけど重大な事故でも起こったのだろうか。

ライターなんて大昔からあるのに、なんで今更子供の事故防止なんだろう。
少なくとも身近でライターで事故ったやつの話は今も昔も聞いた事ない。

それとも最近は子供のライター事故が多いのだろうか?
でもこの事故防止機構だってせいぜい幼児には点火は厳しいってくらいのもので
火遊びに夢中になる年頃の子供なら点火できる力も頭もあると思う。
乳幼児を守る為なら手の届かないところにライターを置いとけば済みそうだし、
大人の目の届くところに乳幼児はいるものじゃない、普通。

では点火可能な年頃の子供をこんな事で守ろうとか守れるとか思ってるのなら
それはあまりにも大人側がバカすぎると思うのだ。
こんな調子だから守れるものも守れずそのうえ大人のバカが子供に伝染して
バカな子供の事故が増える一方で市場に大量の固くて点かないライターばっかが
出回る事になる。


火が点かないから事故が起こらないという図式のうえに立つと大人も子供もライターは無害と
勘違いしてライターが火の点く危険なものであるという認識が薄れてくる、と思うのだ。
だいたいにしてそんな時に大事故は起こるものだし、可能性を摘み取ったうえで何かが起これば
なんであれ想定外。
ライターに限らず世の中のあらゆる危険と有害を子供に、
時には痛みとともに教え叩き込むのが大人の務めであるのは
人間が猿だった頃からの摂理でしょう。

はだしのゲンの騒動もそうだけど善悪全ての可能性を子供に与えて、それでもって悪いようにはしないように我々大人がしてやりたいもんです。


固くて火の点かないライター。
そんな無用なものばかりで溢れた世の中を後の世代に繋ぐのは気が引ける。
勢いよくワンタッチで炎を吹き上げてこそライター。
それでこそライター。
まさしく後の世代に繋ぎたい我々の文明の利器!