あの無観客試合から1年
ゴール裏の熱狂は戻らない。
フラッグの規制がまだ残っているとか、横断幕の事前審査があるとかというような物理的な面が原因なのではない。
サポーターによる運営の自治を取り戻せないからである。
無論あの様な事を再び起こしてはならないことは自明だ。
ただしあの時欠除していたのはサポーターによる予防能力とそれが起こった後の自浄能力。
特に問題を起こした以上、サポーターにより犯罪者の放逐は勿論、クラブが被った損害を償わせるべきであった。
サポーター自身の対応のあやふやさによりクラブによる介入がなされ、規制が唯一の解決策となった。
でも果たしてそれが正しいのか!
イスラム教徒はイスラム国の蛮行を黙認する限り自らの考えの正当性に疑問を持たれるのだ。
イスラム教徒は自らイスラム国の犯罪者の首を世間に差し出さない限り周りからは信用されないということだ。
ある意味俺たちも品格のないサポーターに対し厳しい監視を向けなければ同じように世間から見られてもしょうがないのだ。
サッカーは情熱のスポーツである。
ある人はその闘いを戦争にも例えることもある。
しかしサッカーは殺し合い憎み合うのではなくクラブのプライドを賭けて凌ぎを削りあうルールを持った闘いである。
それをサポーターがどのように支え、どのように運営していくかはクラブが押し付けるのではなく我々サポーターが自主的に判断して行っていくべきものである。
そして情熱と節度と品格の調和がとれた時、スタジアムには最高の熱狂というハーモニーが奏でられるのだ。
保身に怯えるクラブによる規制には反対である。
猜疑心に溢れたステレオタイプのマスゴミの偽善の目にもウンザリである。
俺たちには押し付けではない最高の応援の形というのが表現できるはずだ。
スタジアムは本来、熱狂の場なのだから!
サポーターによる運営の自治を取り戻せない限り真の埼スタの熱狂は戻ってこない。
ブログランキング参加してます!見てくれたら以下クリックしてね!