下痢止め(腸運動抑制薬)として広く用いられているμ-オピオイド受容体作動薬のロペラミドが、自閉症スペクトラム障害(ASD)の中核症状である社会的コミュニケーション障害の治療に転用できる可能性が示された。ノルウェー・University of OsloのElise Koch氏とデンマーク・Aarhus UniversityのDitte Demontis氏は、ネットワーク解析を用いてASDに関連する遺伝子ネットワークを特定し、薬剤とASDによるネットワーク内遺伝子の発現の変化(摂動)を比較した。その結果、ASDによる変化を逆転(好転)できる既存薬として、ロペラミド、ブロモクリプチン、ドロスピレノン、プロゲステロンの4剤を特定したとFront Pharmacol(2022; 13: 995439)に発表した。

323個の遺伝子を含むASDネットワークを特定
 ASDの中核症状である社会的コミュニケーション障害に対し承認された治療薬はないが、それ以外の症状を抑制するために抗精神病薬(小児57%、成人65%超)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)治療薬(同45%、15%)、抗うつ薬(同32%、43%)などの向精神薬が投与されていることが多い。しかし、それらの薬剤には重篤な副作用リスクがあり、使用には多くの制限もある。

 そこでKochとDemontisの両氏は、ASD関連遺伝子が産生する蛋白質間の相互作用(protein-protein interaction;PPI)のネットワーク解析により、安全性プロファイルが判明している既存薬がASDの治療薬として転用できるかどうかを検討した。

 まず、ASD患者1万8,381例と対照群2万7,969例によるASDゲノムワイド関連研究(Nat Genet 2019; 51: 431-444)と、ASD患者1万1,986例を含む計3万5,584例のASDエクソーム解析研究(Cell 2020; 180: 568-584.e23)の結果から、149個のASDリスク遺伝子候補を特定。そのうち147個が、ヒトの1万7,706個の蛋白質と34万6,330個のPPIで構成されるインタラクトームに含まれていた。

 次に、ネットワーク解析により、これら147個のASD遺伝子とネットワーク上で近い(関連性が高い)遺伝子176個を特定。両者を合わせた323個の遺伝子をASDネットワークとした。

 薬剤と遺伝子の相互作用のデータベースを用いて検討した結果、既存薬177剤とASDネットワーク内の遺伝子60の間に相互作用が特定された。

ASD患者で多い消化管症状
 これらのうち、下痢止めのμ-オピオイド受容体作動薬ロペラミド、プロラクチン関連疾患治療薬のドパミンD2受容体作動薬ブロモクリプチン、避妊薬として用いられるドロスピレノンおよびプロゲステロンの4剤において、薬剤による遺伝子発現とASDによる遺伝子発現の間に有意な負の相関が認められた(P<0.05)。すなわち、これら4剤はASDによる遺伝子発現を逆転可能〔ASDで過剰発現(アップレギュレート)している遺伝子の発現量低下(ダウンレギュレート)、またはその逆が可能〕であり、ASDの中核症状である社会的コミュニケーション障害の治療に転用できる可能性が示された。

 KochとDemontisの両氏は「4剤のうち下痢止めとして広く用いられているロペラミドは、常用量の短期使用では中枢神経系の副作用がない。ASD患者によく見られる消化管症状に対しても、好ましい効果をもたらす可能性がある」と期待を示している。

 一方、ASDによる遺伝子発現との間に正の相関が認められた薬剤は、ASD関連遺伝子の発現を促進してASDの諸症状を悪化させる可能性があるが、現時点では十分に解明されていない。なお今回の解析では、選択的セロトニン再取り込み阻害薬のfluoxetineおよびエピネフリン(アドレナリン)で有意な正の相関が認められた(P<0.05)。