対大阪桐蔭戦は4対1で敗れました。惜敗です。残念です。

初回の2アウト満塁で6番打者に投じたカーブ?が真んまん中に入り、走者一掃の3失点。

痛かった。古川は立ち上がりが課題とされていて、やはりコントロールにばらつきがあったようです。大阪桐蔭を相手にいきなりの3点はやはり重かった。

ただ、その後は走者を背負う場面でもランナーを牽制で刺すなど落ち着いていて、8回?は確かノーアウト2塁のピンチでしたが三者連続三振に仕留めました。トータルでも6個の三振を取っており、ここぞという時にきっちり流れを止めていました。

清峰の各バッターは、辻内投手の150キロ超の速球と変化球のコンビネーションに翻弄され、粘って四球で出塁しても安打はおろかバントさえまともに決められず得点機を逸しました。

それでも、強打者揃いの相手を4失点で切り抜けた古川に応えるべく、野手陣もじりじりと辻内投手ににじり寄り、最終回、大石剛君が鮮やかなバックスクリーンへの本塁打で一矢報います。続く主砲森君がしぶとく三遊間を抜き、このあたりは辻内君の投球もストライクが入らずに四球の連発。いっぱいいっぱいで、プロなら間違いなくマウンドから引きずり下ろされる場面です。しかも回ってくる打順が古川君。ミラクルを誰もが思い描き、祈ったはずです。走者一掃をお返ししてやれと祈りに祈ってもう涙ちょちょぎれていました。

・・・空振り・・・あぁ。

甲子園にサイレンが鳴り響き、清峰の夏は終わった。


よくやった。君たちは本当によくぞここまで戦ってくれた!

名電戦しかり、済美戦しかり、あきらかに格上のチームを全員が一丸となって基本に忠実なプレーで撃破しました。済美戦では森君にホームランが飛び出しましたが、少なくとも清峰ナインには飛びぬけて高校生離れした選手などはいません。それでも、自分がチームに貢献できる事は何だ?と常に考え、欲張らず、焦らず、じっくりボールを見極めて犠打を決め、四球で出塁する。その過酷なまでに「熱情を秘めた冷静さ」が名電をおたおたさせ、済美の動揺を引き出したのです。

「ツキも実力のうち」とよく言いますが、そのツキを呼ぶためには「堅実なプレーを当たり前に出来る」力が最低限必要です。彼らの冷静さは間違いなく練習の積み重ねに裏打ちされたもので、一朝一夕にできるものではないのです。


彼らのプレーを見ると、きっと死ぬほど練習したんだろうなと思わずにはいられません。いやむしろ、それも楽しんでやったという気がします。

ニュースその他で言われているように、清峰には県外出身者は1人もいません。

「なんばしよっとや?(何をやってるんだい?)」「よかよか(いいよいいよ)」

人口1万3000人。今年は合併で揺れましたが、隣町が佐世保市との合併を決めた後も、我が佐々町(さざちょう)は当面単独で北松浦郡に属したままです。


切磋琢磨して、自分を信じて、不安ならもっと練習して、なお不安なら更に練習して臨めばこんなすごいこともやってのけられる。

仲間たちと一緒に大好きな野球を少しでも長くやっていたい。

古川投手の冷静なマウンドさばきは、バックを信頼しているからこそであり、バックは古川の頑張りに応える為にもしっかり守る。

すばらしきかな!この野球!

そして、可能性は誰にでもある!


ありがとう。先輩もがんばるから!

おいしい肉をお客さんに出すけんねっ!


大阪桐蔭高校の諸君!こうなったら、絶対に優勝を勝ち取ってくれ!願わくは、残りの試合は全部大差(4点差以上)で勝って、最後のインタビューでこう言って欲しい!

「ベスト8進出を決めた長崎・清峰戦が一番しんどかったですね」

そうすれば、清峰は一度の夏で決勝を3度戦った事になる?ならない?

あっぱれ古川っ!泣かんっちゃよかぞっ!

泣き顔古川