ねえ、つらい?
しんどい?
めいっぱい傷ついて、もう立ち上がれない?
ホントに?
そうだべな
そう思ってるし、実際そこまで傷ついてるから今立ち止まって
うずくまって
顔伏せて
一人で泣いてるんだよね
もしかしたら泣く気力も無くなってるかもしんないね
『悩みの無い人生なんてつまらない
悩みが有るからこそ楽しい時があるんだ』
よく聞くよね、こんなフレーズ
確かに、ずっと楽しかったら楽しいが『何』か分からなくなるかもしんねー
確かに、悩んで苦しんで学ぶ事だってあると思う
『悩みの無い人生なんて』って、確かにそうだと思う
でも、実際 『今』悩んでいる時は
やっぱ、悩みなんて無いにこしたことはないって思うのも確かだべな
人が抱えきれる悩みや辛さの許容量なんて、多分たかが知れてると思う
その限られたスペースん中で、発散しながら解決しながら
また悩み抱えて、
そうやって何とかやっていってる
だから、抱えきれなくなった時、ありえないくらいに崩れる
手にも足にも力入んなくなって
心は拒食症状態
そのくせ頭ん中は「どうしよう」とか「なんとかしなくちゃ」とか
やばいくらいにめちゃくちゃんなってんだって
でもね、も一回立ち上がってみない??
も一回歩き出してみない??
せめて、も一回、
顔上げてみないかなぁ
悩んでる時、
誰にも干渉されたくない時
そんな時に限って周りの『音』は不必要なくらい聞こえてくるもんで
気遣う声
励ます声
批判する声
正直、こんなに周りに『声』があるんだってくらい
…イヤんなるくらい聞こえてくる
でもね、その声はきっと全部が全部不必要なんかじゃないよ、きっと
あなたにとって『必要な声』はどれ??
もしも今、その声を全部受け入れる余裕がなくてもいいと思う
ただ、確かに自分を励ます、気遣う声があるってことだけ分かっていれば
それは、きっといつか自分の財産になるから
あの頃は「頑張れ」って声がうっとうしかった
あの頃は、周囲の気遣いがプレッシャーだった
でも、いつかあなたが立ち上がって、もう一度歩き出したとき
ああ、自分を気遣ってくれる人はこんなに溢れてるんだって思えるんじゃないかな??
その時まで、ただ覚えてるだけでいいんじゃないかな
歩き出せるよ、きっと
まして立ち上がれないなんて、きっとない
あなたの周りだけ重力が倍になってるなんて無いんだから
今の道をもう一度進むのが辛いなら
自分で道を作ってしまえばいいじゃない
今の道があなたの人生全てじゃないんだから
ぶっちゃけ、自分の為に世界が動くなんてありえない
自分の為にある世界なんて、正直無いと思う
でもね、世界には自分の為になる事はめいっぱい溢れてると彼方は思うんだ
そっから自分の都合のいいものだけつまみ食いしたっていいじゃない
自分の都合の悪いことで、抱えきれないくらいのストレスを感じるなら
自分の都合のいい事をもぎ取ったっていいはず
それを持って、もう一度立ち上がる勇気が出来たとき
そこをまた新しいスタート地点にしてしまえばいいんじゃないかな
とりかえしのきかない人生なんてきっとない
だから、今じゃなくてもいいから
せめて上を向けるようになってからでいいから
『誰か』の為じゃない
自分の為に、も一回立ち上がってみてくれないかなぁ
相変わらず、なんか言ってること意味不明かもしんねーけど
このブログから、なにか一つだけでもあなたにとって都合のいい事があるなら
つまみ食いしてみてね
っていうお話でした(`・ω・´)ゞ