こんにちは。
エネルギー・マスターセラピストのMichiyoです。
私自身のEMセラピー体験記を引き続き書いています。
前回まではやっと母を許せるようになり、感謝できるようになった過程をお話してきました。
今回はセミナーでの体験と自宅での「セルフ」インナージャーニーを終えてからの気付きをシェアさせてください。
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「セルフ」のインナージャーニーを二回ほど終えて改めて考えてみました。
心はとても落ち着いています。
いままであれだけフラッシュバックなどで悩まされていたというのに、
母との過去を思い出しても、その記憶は「あっただけの事実」といった風に流せるようになっていました。
思い出すだけで「苦しい」「つらい」だった記憶も、もうそういう体験があっただけのことという感じで感情を揺すぶりかけたりしなくなっていました。
でも
「なんでこれほどにも長く、こんな感情に囚われていたんだろう。」
「そんな必要性があったのだろうか?
なぜこんなに長い間悩まなければならなかったのだろうか?」
もしかしたら逆に
「癒されないでいよう」とする自分がいなかっただろうか?
そう問いてみました。
「どこかに癒される許可を出さないでいようとする自分がいたのかもしれない。」
「だとしたら理由を知りたい。」
そう思うとその犯人(原因)を見つけ出さないときが済みません。
「どこに居る?そんな自分は?」
「どこかにいるの?癒されたら困ると思っている自分が?」
するとどこからともなくこんな考えが頭に浮かんできました。
それも湧いて出たという感じに。
「癒されてしまったら、お母さんが言う通り私は愛される価値がないと思っていたことがウソになる。」
「癒されてしまったら、私の中にある無価値観から脱却しなくてはいけない。」
そうなったら、
「癒されたら自分の人生を自分で歩んでいかなきゃならなくなる。」
そうなんです。
自分は価値のある存在だと思えるようになったら、もう自分に言い訳はできない。
自分の人生を自分で歩かなくてはいけなくなるんだ。
それが怖くて必死に「自分は何をしてもどうせ認めてもらえない存在」のように思っていた感情にしがみついていた?
そして「癒されない自分でいよう」とどこかで決めていたのか?
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私のメンターである望月俊孝先生の本、「癒しの力」の中で
「癒しとは安心領域を確かなものにすることである。」
と話してくださっています。
ぬるま湯のような安心領域、おそらく冒険も犯さずリスクを避けるだけの領域にしがみついて生きることは癒しではない。
癒しとは自分が完全な個の唯一無二の存在だと知ること。
そして「安心領域」を確かなものとし、その「安心領域」を広げていくことなんだと。
私はまさにしがみつく人生を選択していました。
そう、私はまさにそれを地で演じていたようなもの。
傷ついた自分に甘んじて行動しない自分でいることを選択していた。
自分の人生が思うようにならないのは、みんな母のせい。
価値もなければ、相手にもされない人間。
何をしても報いられないし、幸せになれるはずがないと思わせた母のせい。
そう思うことで自分が自分の人生を創っていくなんて出来るわけがない。
だから行動しない、を選択していた。
だからこそしがみつく感情が必要だった。
「母を許せない」、がいつしか「母を許してはいけない」に変わっていたのかもしれない。
自分で自分に呪縛をかけていた。
だからこんなに長くかかってしまのか・・・・
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私はこのことに気が付いてから
「私は自由なんだ。重かった足かせはもうない。
何でもしていいと自分に許可を出せる自分になれたんだ。」
と強く感じることができました。
心は今、とても穏やかで軽やかです。
まるで鍵を開けてだしてもらった鳥のようです。
この開放感を私が経験したような悩みを持つ人にも味わってもらいたい。
自分がEMで助けられたように、誰かの力になりたい。
自分の中の無価値観から解放された今、
それを実行しない理由はもうありません。
私は今、自分の問題に向き合い、
エネルギー・マスターセラピストになれたことをとても誇りに思います。
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どうか私のこの体験談、メッセージが必要としている人に
ひとりでも多くの人に届きますように。
体験談から後日談まで長くなりましたが、
最後までお読みいただきましてありがとうございました。


