「堕天使理恵」で、ファゴットは吹けないことになっているけれど、実は吹いている。

高校入学前年にドヴォルザークの「新世界より」四楽章をプロ並みの鬼気迫る演奏をした、わがT高校管弦楽部が、何故かなんだか、俺の入学した年にベートーヴェンの交響曲第八番を演奏することになって、トロンボーン吹きの部員三人はいきなり他の楽器に回され、「吉川、ファゴットをやってくれ」と先生。

本番の「全国高校生文化祭」まで二十三日しかない夏のはじめに、金管から木管に移されて、音を出すにはどうするのか、と悩んでいたら、葉っぱの笛みたいに、ぺーとなれば後はリコーダーのような指使いでドレミの音が出る。二日目に中学で演奏したチャイコフスキーの第五番のメロディーを吹いたら、「すごーい」と言われて、おだてられてそのまま、十八万円の安いファゴットを吹かされて、あれ、安物の楽器って鳴らなくて体に辛く来るものがある。それを自己流で吹いていたら「吉川、お前の音はコントラファゴットのようだな」と、まあおだてられて、とにもかくにも、ベートーヴェンの第一楽章だけ一生懸命練習して、気がついたのは、トロンボーンってほとんど出番がないから座っているのが仕事だけど、ファゴットは誰にもその音は聴かれないけれど、そんな小さな音をひたむきに頭から最後まで吹き続ける。あのままファゴットに変えとけばよかったのか? 山口県防府市のホールで、二十三日後には立派に吹いたのであった。あのくらいの努力で勉強もやれば登校拒否児にならなかったが、まあ、それはそれで、先輩が引退した後、百万円のファゴットを譲ってもらったら、ひじょーに抜ける音で、体の奥からスーと音が出て、金を出すとやはり違うんだなあ。二年生のときはドボルザークの八番と言うことで、またトロンボーンに戻ったけれど。音程を揺らすなと怒られて、音程が揺れるからいいんじゃないかと本番のソロで思わずゆっくりと吹いてしまったら、演奏者全員、「え?」と言うことになって、次の瞬間ためたエネルギーで爆発的な全奏状態になって、ざまーみろ。あれでよく演奏が止まらなかったと、後で怒られるのが怖かった。

ブログ初体験。猫のフクが十八歳になった。三毛猫で、小さい。我が家にやってきた頃、家を離れていて、戻ってくるまでにこの子猫はでかくなってるのだろうかと考えたら、重さ三キロのチビで成長が止まった。ポッポは障害猫で、真っ白い、青と金の目をした見事な猫だったが、車にはねられ下半身不随。そのとき俺はうつ病で精神障害者、父は潰瘍性大腸炎の内部障害者。母が「看護婦になる」と一家の不遇者の世話を一手に引き受けた。平成三年くらいのこと。ポッポは十三年生きたが、その間フクは「つけたし」の身で誰にも省みられなかった。ポッポが健気にフクの世話をしてそれがよかったのか、ポッポも自分の障害にめげることなく、ズーイズーイとお尻を引きずりながらフクと遊んで暮らしていた。$吉川博のブログ-フク18歳
ミケ猫といえば「ミケの編んだセーター」と言う小説を書いたが、フクのような猫を三毛猫と言うとは知らなかった。毛色が三色だなあ。今「菜摘」という小説をパコパコどこぞのサイトに打ち込んでいる。そのうち「ミケの編んだセーター」も打ち込む。書くより打ち込みのほうが大変。