「もし7日前に戦争が終わっていれば長崎に原爆は落とされなかった」
これは映画「長崎 ―閃光の影で― 」のなかでのセリフです。歴史に if (もしも)はない言葉がありますが、どうしても考えてしまうことがあります。
「もし日本が原爆を持っていたら広島、長崎に原爆が投下されることはなかったのではないか?」
 
 
 
私が買っている雑誌「表現者クライテリオン」で核武装論について取り上げられていました。
多くの日本人にとって核兵器は忌み嫌われる存在で、唯一の被爆国として核廃絶を訴えていかなければいけない。だから核を所持するなどもってのほかだと思われていることでしょう。
 
 
私もそうでした。メタルギアソリッドというゲームの中で何度も核の脅威から世界を守ってきたので、核兵器 = 悪者が持つもので、自分たちはそんな汚ないものを持つことはないとそう思っていました。
でもこんなのは感情論でしたないんだと気付きました。
 
 
 
少し考えてほしいのですが、核保有国の北朝鮮から日本近海に向けて度々ミサイルが発射されています。
その度に日本政府は
「誠に遺憾である」
という声明を出すだけです。いや、実際には制裁を加えてはいるのでしょうけども大した効果があるように思えません。
さらに、北朝鮮に拉致されて未だに帰国できないでいる日本人の方々います。日本政府が強く交渉出来ないのはやはり核の脅威があるからではないのでしょうか?
 
 
 
また、
「アメリカの核の傘があるから日本は核を持つ必要はない」
という声もあると思いますが、これには疑問が残ります。
仮に核の傘が有効なら、日本が核兵器で攻撃された場合、アメリカは核兵器を使用した国に対して核による報復攻撃を行ないます。すると今度はアメリカが核の報復を受ける可能性があります。
アメリカは自国を危険に冒してでも日本を助けるようなことをするでしょうか?
 
 
 
日本の周辺では北朝鮮、ロシア、中国と3か国も核保有国に囲まれています。
この中で北朝鮮とは敵対していますし、ロシアとは在日ロシア大使館の外交官ら8人を国外退去処分したことで関係が悪化しています。また、中国とは台湾進攻した時に敵対する可能性が高いです。
 
 
この中で日本が生き残るために核兵器を持つという選択が必要になるのではないかと考えています。
お隣の韓国では核武装の議論がされているようなので、日本でもまずは核の議論をするべきではないでしょうか?