皮肉にもカラッと晴れ上がった朝から暑い!工場に入った瞬間、あちこちから人が集まってき

又来た、1週間以上になる、工場はもう何とかなるから病院に行ってくださいと口々に言われ、抗うと2人から両側から抱えられ近隣の陸軍病院に連れていかれた。

 

病院の建物は収容しきれずテントが幾つも立てられ、名ばかりの診察場所、直ぐ傍に筵のうえに隙間なく人達が横たわり、表現のしようのない惨状。

 

医者が男の姿を見て驚いたように、身体に火傷もなく目立った傷もない、何処にいたのかと言われたので、雨戸をしめ切った部屋にいて家ごと吹き飛ばされたと答えた。

医者は火傷が有れば手当はできるが、何か外傷があれば手当のしようもあるが貴方のようなひとには手当のしようがない。変わったことはあるか?無い、ただ怠いと答えた。

医者は何も出来ないが血液検査をしておくと答えてベッドはないがテントの一角を差し、あの場所で横になっていてくださいとのみ、次の患者に診察の為、踵をかえした。

採血された後、横になると睡魔に襲われ暗闇に吸い込まれていった。

どれくらい時間が経ったか人の動きで目が覚めると隣の患者を数人で運び出そうとしていた。

どうしたと問うと誰かがボソッと逝ったと答えた。

 

工場の仲間たちが毎日来てくれてそっと食べ物を置いて行ってくれた、両側に横たわっている

者たちは食べる力さえなかった。毎朝、両側の患者が息を引き取っていった。

何日か経過したか分らないが医者が「あなたは波血球が0だ、この環境下では何時死んでもおかしくない。小さなケガさえしないように、血小板も無いに等しいから、医者としては何も

出来ない」と言った。その時男は医者のそばに立っている甥に気が付いた。甥は医者に血液型が同じだから輸血してくれと頼んでくれていた。甥は特攻服を着ていて訳を聞くと特攻に飛び立つ日に敗戦を迎え、玉音放送を聞いた直後信じられず飛び立とうとしたが止められた。

その不満、熱情をはかすところがなく、酒三昧の毎日を過ごしていたが、唐津から男を探しに来てやっと見つけた、血が余ってる毎日輸血すると言ってくれた。

電車代もかかるし、それよりも体力を心配すると。甥はニヤッと笑い、お国の為に特攻を志願して目的を果たせなかった男に文句は言わせんよ。タダ乗りしてるとニヤッと笑った。

医者も別に手当方法がないから、輸血するというなら看護婦に指示しておくのでと。

 

毎日に近い輸血のおかげか、男は体力が回復してきているような不思議な感覚が身体を包み込むのを感じていた。

 

 

 

 

軌跡3

昨日元気で喋り、新型爆弾から工場を如何に守るか真剣に話してくれた男が翌朝は何も語らず逝っているのを何度も経験し、何時自分の番が来るのか恐怖は無かったが男は焦燥感に囚われていた。

工場の再稼働は3日とは言えなかったが4日目には電力が通り、60%はその機能を取り戻していた。時間の間隔が無くなっていたが、ほぼ1週間が過ぎていた。

周りの人間が言い難そうにご家族の安否を確認された方が良い、助けがいるなら手伝うと言ってくれたが、辞退し。骨壺を2個準備してくれれば助かるぼそっと答えたのみで男は空を見つめていた。暫くして骨壺が届くと男は重い腰を上げ病院の外に歩み出た。

灼熱の太陽が肌を焼き、未だ風に砂塵が舞う小川流れる路を歩き、歩いて20分そこそこの自宅への路をゆっくりと周りを見回しながら歩いた、不思議に誰も人影が無い。

自宅があった場所あたりは木端微塵になった木くず、砂塵の元になる砂の塊のようなものが累々と積み重なり見る影もない。自宅を探しあぐねて男は木陰(葉が付いていない大きな木の幹が真っ黒の鉄柱の様に影を作っていた。

男は腰を下ろし、その木に寄りかかり少し水を飲んで小休止する積りがついうとうととした。

目を覚ました時、もう日が傾き始めていた。

男は慌てて立ち上がった時、ふと腰が軽いのに気が付き目を落とすと風呂敷に包んでいた

骨壺が風呂敷ごと無くなっていた。

男は舌打ちをし思わず非国民が!と吐き出すように呟き、自宅と思われる瓦礫の山に踏み込んだ、一瞬にして屋根、壁が吹き飛ばされたのだろうほとんどが木くずで瓦の破片が山の様に積もっていた。

周囲を見渡し、少し吹き溜まりのような瓦礫の小山の下に見覚えのある布切れが見えた。適当な棒切れで瓦礫をどけると光を浴びたのだろう真っ黒な人形を見え出した。10日程前小学生の子供と一緒に送り出してくれた妻の変わり果てたすがたであった。

すとんと腰が抜けるようにその場に座り込んだが不思議に涙は出てこなかった。

どれくらい時間が経ったかその周りを小学生の息子が居ないか探し回ったが徒労に終わった。

已む無く、妻の身体を再び瓦礫で隠し、野犬や軍隊に無縁仏として葬られるのを避け、家から

工場への路を歩き出した際、来るときは気が付かなかった路から少し離れた瓦礫の下に子供の脚とみられるものを発見、走り寄って瓦礫を手でかき分けた。

背中から光を浴びたのだろう工場で見た幹部と同じように背中に何とも言えぬケロイドのような腫れ、黒い斑点、顔を右下にして右側の顔半分もうなじからほほにかけてみみずばれの様なケロイドが広がっていた。だが変わり果てた息子であることは顔を見ずとも男には分かった。

灼熱の炎天下に10日程横たわっていたにしては痛みが少なく匂いも感じなかったが直ぐ母親の傍に簡易的に埋め手をあわせ助けてやれなかった悔しさで歯を食いしばりながら湧き上がる嗚咽を抑え佇んでいた。

陽は沈みあたりが真っ暗になる中に何時までもたたずむ男のシルエットが浮かび暗闇に中に同化していった。

どこかで狼のような生き残りの野犬の遠吠えが聞こえ、遠ざかって行った。

 

工場に辿り着くと十数人の作業者たちが、ばらばらと駆け寄ってくる、全身木端やごみ、それをべっとりと乾いた血糊があちこちにへばりつかせ、目を覆うばかり。

散乱した設備や機材と思われる間に累々と人が横たわっている。

新型爆弾がと口々に騒ぐ人々に先ず横たわっている人々の生死の確認、適切な処置、工場設備の損害状況の把握、電源の復旧に何時間かかるか調べる様指示し、幹部たちの動静を調べるべく2階に駆け上がろうとした。

その際、男の動きを遮るように2人の憲兵が駈け込んで来た。

責任者は誰か、3日以内に電源、設備を復旧させよと誰にともなく怒鳴りつけた。

男は振り返り、憲兵の目を睨み付けた、そんな悠長なことを言って居れるのか、工場復旧は我々に任せ、持ち場に戻れと一喝、踵を返し階段を駆け上がりながら、あの憲兵は目に恐怖を宿し、宙に泳いでた、あんな連中では勝てないとの思いが頭をかすめた。

幹部達の部屋のドアや壁は外からの風に吹き飛ばされ、反対側の壁には黒い影が残っている場所もあった。

ほとんどの部屋が座席の後ろに窓が有り、暑さを避ける為、窓が開いていたせいか、机に突っ伏し、真っ黒く焦げた背中を見せているもの。立ち上がって廊下に吹き飛ばされたもの、

閃光を浴びたと思われる箇所に黒いケロイド状の皮膚を見せて倒れこんでいるものがほとんど。約2名は更衣室に偶然入ったり、倉庫に物を取りに入り入ったりしたものが無事で有ったが、逆に窓が無い為,全く事情が分からず通常爆弾がさく裂したものかと勘違いしていた。

どれくらいの時間が過ぎたか、工場に降り、生存者、怪我人の処置,戦死者の措置を指示しながら、男は空を見上げた、途方もない不安と絶望感が広がってくるのを感じながら、又新型爆弾を落とされればどうなるのか、頭を振り全てを追い出し、すべきことを戦死者の為にも。雨が黒いシミを皮膚に作ったのに気が付いた。黒い雨??

ふと気が付くと