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僕が人生の終わりまでに作る370個のプラモデル

50にしておっさん立つ。
30年積んだプラモデルを死ぬまでに作りきろうと思い立った、フライング気味で終活を始めたおっさんの話

皆様、お久しぶりでございます

おっさん、1年ぶりに帰ってまいりました



物忘れが出始めた

親父の家業の店仕舞いのため



この1年間

事業継承していただけることになった会社、
卸元の会社の偉い方々と協議を重ね

得意先にも説明しながら

在庫を整理・調整し


この春、ようやく無事に
事業のバトンを引き継いでもらうことが

できました


税務署やら商工会での

事業廃業の手続きを経て


しがないサラリーマンのおっさん

ようやく重荷から解放です



あぁ、ほっとした( ´Д`)=3



・・・と、思ったのも束の間


もともと家業一筋で、趣味もない親父

のれんをたたんだら、

とたんにやることがなくなって


頭を使う機会が減ったせいか

徐々に、日々の言動が不穏に(;^ω^)


そこに、親父の運転免許の更新が重なりまして


昨年も事故に遭っているし

(親父の過失ではないんだけれども)

どのみち短期記憶は衰えているので

認知機能検査ももうダメだろうと

免許返納させることを考えていたのですが


主治医の先生曰く

日常生活は充分自立できているレベルなので

できるだけ本人に役割をもたせて

生活をさせた方が本人のためにもなる、

とのことで


ちょうど、息子が通学に使っている

第三セクター鉄道が 

運転手の大量離職で人手不足になり

この春から大幅減便 

お昼の時間帯の列車が無くなるという


半ドンの授業日や休日の部活に

なんとも不便この上ない事態に陥っていたので


だったら、親父に頑張ってもらって

列車が無い時間帯の送迎をしてもらえれば

孫のためと励みにもなるんじゃなかろうか、と

短期記憶能力の衰えた親父に

認知機能検査合格に向け

特訓を始めたのでありますが・・・



本当に大変だったのは

ここからだったんですよ(;´Д`)



明日に続きます