相変わらず
四十肩の注射を打たれたりしていた(笑)
肩の方は良い感じ
髪も結べるまで何とか
腕を上げられる♪
婦人科の前回の受診は排卵期で
はっきりしない事もたくさんあり
今週は
別の医師にも受診した
大学病院からの出張医
やはり卵巣腫瘍…
右の卵巣に
前回の診察では写りが悪く
2㎝くらいと言われたが
今回は正確に映ったらしく
3~4㎝位の腫瘍があった
あとは子宮腺筋症
初期の子宮筋腫
不正出血は
これらの症状の一種との事
日数がかかるのはガンの検査
腫瘍マーカーや細胞診
悪性でなければ
手術は急がなくても良いとの事
良性でも酷くなれば
すぐ摘出出来るから
今はのんびり結果待ち
大丈夫
私は負けない
約20年間
色んなパターンの子宮内膜症や
それに伴う婦人科疾患と
何度も闘って勝って来た
卵巣腫瘍は3回目
軽い内膜症も含めば10回を超える
出産前のチョコレート嚢腫の時が
一番酷かったな…
子供欲しかったから
絶対摘出はしたくなくて
片道2時間かけて都会の病院まで
強い注射を打ちに通った
腹水が溜まって
嘔吐症状が出たり
薬の副作用で
若くして更年期障害の
あらゆる症状が出たり(笑)
情緒不安定で
自分を制御出来なくて
感情の起伏が激しくなり
何度か恋を失った…
昔好きだった人に言われた
「体弱かったら結婚しても医療費かかるし、薬漬けで丈夫な子供産めなさそうだよな」
当時の彼は
私が気管支喘息や
アレルギー持ちで
いつも薬を飲んでいるのを
知っていた
付き合っている間に
肺炎や胃潰瘍で
何度か入院もした
私に死刑宣告みたいな言葉を
さらりと言う彼
私は彼に
重度の子宮内膜症だと
繰り返す体質だと言われた事を
言わなかった
そんな体質だからか
貴方の赤ちゃんも
出来てすぐ失ってしまったと
流れてから気が付いたと
言えなかった…
そして見透かした様に
私は振られた…
人生で一番泣いた大失恋
捨てられても
治療だけは諦めなかった
別れた後
友人伝いに彼は
私の婦人科通院の話も聞き
流産の話も聞き
少しは同情したのか
後悔でもしてくれたのか
一緒に水子供養に行ってくれた
それだけで私は少し報われた
その後彼は
5歳くらい年下の若い女性と
すぐ結婚したが
10年以上子供は出来ず
離婚するとかしたとか…
私は奇跡的に一人授かり無事出産
…人生って皮肉なもんだね
それから何度か恋をしたが
結婚するまで
体が少し弱い事
婦人科疾患を繰り返して居る事
再発を繰り返す事
一切口にしなかった
また捨てられるのが怖かったから
でも相方にだけは何故か
素直に全て伝えられた
「この人には何を言っても
私への想いは揺るがない」
その確信が持てたから
「そういう体の弱さ、でもそれを理由に諦めたりはしない。周りにも自分にも負けたくないから何でも頑張る。それが貴方なんです。僕はそんな貴方だから好きになったんですよ♪」
この人はやはり
全力で私を守る人なんだと思えた
結婚直前に内膜症再発
出産した半年後に胆石性胆嚢炎
そして胆嚢摘出
3年後に内膜症再発
治療後2年目の今回の再発…
しかし今も変わらず
私はと息子は愛され
大きな心と体に守られている
家族の為
自分の為
私は何度でも闘う
人生を終える時
生き切った達成感と
瞼の裏で流れる
素敵な記憶のスクリーンセーバーに
微笑んで居たい…
その日まで私は生きる
全力で生きる
54歳で人生を終えた父の年齢を超えたい
父が抱けなかった孫に囲まれたい
今
残された私の母がそうであるように
今が一番幸せだと言える日々を
ゆっくりと重ねて行きたい…
