朝6時45分に館内放送で起こされて、唾液を採取しました。そして7時半ごろに検体を渡して朝ごはん。仕事をちょっとして、テレビを見ていたらもうお昼ご飯。排便は適度に出ているので、移動中は多分大丈夫・・・なはず。

2時半に電話が来ました。「検査で陰性だったので、準備ができ次第ロビーに降りてきて下さい」とのこと。忘れ物がないか再度確認してロビーへ。滞在中は誰も見かけなかったのに、かなりの方が出てきてびっくり。

バスに乗り込むと結構早く出発しました。30分ほどかけて湾岸線・横浜ベイブリッジを通り羽田空港第3ターミナル(国際線)へ。バス降車場からターミナルへ行く方法がエレベーターしかなく、かなり長い行列。その間にもどんどんバスがやってきて、解放された方々が下りてきました。何百人?という感じでした。

ターミナルに戻ったのは3時半ごろ。4時に予約をしていたハイヤーさんはすでに羽田に来ていたので、すぐに乗り込みそのまま実家の相模原市へ。ホテルからきた同じ湾岸線・横浜ベイブリッジを通っていきます。これだったらホテルにハイヤーさんを迎えに来てもらいたかったですが、隔離施設の決まりで、全員羽田空港に返されるので仕方がありません。

夕方だったので少し渋滞しましたが、なんとか無事に実家は5時ごろ到着。

帰宅して荷物の整理をした後に、仏壇の父に帰宅の報告。飾られた遺影や位牌を見ていたら、ボロボロと泣いてしまいました。アメリカにいるときは「病気だったし仕方がなかったんだ」と思っても、いざ実際に見てみると悲しみが止まりませんでいた。

その後お風呂に入り、母と夕食を食べなら色々と話しました。これから2週間、できる限り母親孝行をしていきたいと思います。