林の中に神社があり、その駐車場に車は停められたようだった。駐車場といっても林の一部をただ拓いただけのような場所で、周りには人影も明かりも何もなかった。後部座席のドアを開けて車から降りると、再び明かりが途絶えた。
暗がりの中で鞄を手に持ち、物音一つ立てずに木葉は次の行動をただ待っていた。
言葉もなく、動きようもなく、探り当てるような気持ちで折原との会話を思い出す。
「戸川、今日暇か。よかったら少し付き合ってくれないか。他に頼めるやついなくてさ」
人助けになど興味もない自分に対する思いもよらない発言に、木葉は少しだけ逼迫した気配を感じた。
「俺の先輩の近江さん。悪いんだけど、ちょっとだけでいいから来てほしいところあるんだよ」
それ以外に説明はなく、初めて会う近江と呼ばれた男は一目見て何かが違うと思った。近江の方を向いて話しかけようとした木葉だったが、それは直ぐに取り消された。
正面を向く木葉に対して斜に構えたままの近江は、突然両手を前にかざしてそれを奇妙に動かし始めたのだ。そして、ときどき小さく、低い声で唸り始めた。
ただ茫然と見ている木葉をよそに、他の四人は何も説明は加えずに正門から出るようにと促した。
真っ暗な道路わきの駐車場にただ立ち尽くしていた木葉の鞄の中から、突然振動音が聞こえた。
スマートフォンが何かを着信したようだ。
木葉はそれを確認しようとはせず、意識はすぐそばの車を隔てた先にいるはずの近江に向けられたままだった。
動く気配はない。言葉もない。でも、そこにいる、ということだけは何となくわかった。
沈黙は数分間続いた。
やがて、後方から車の音とともに明かりが近づいてきた。
通り過ぎるのかと思ったら、ゆっくりと近づいてきたその車は、近江の車の少し前に静かに止められた。
黒のステーションワゴンだ。こちらも大分古い車のようだ。
中から二人の男が降りてきた。見覚えのある、どちらも近江と一緒にいた男だった。一人は長身で、冬だというのに軽装の服をさらに着崩して、どういうわけかビーチサンダルを履いていた。もう一人はどこかの高校の制服をまだ着たままのようだった。少し小太りで背も低い。制服姿のもう一人はいないようだった。
長身の男が足音を立てながら近づいてきた。そして、この古いセダンの鼻先に立って言った。
「なあ、暗いし寒いだろう。車の中で話すか?」
顔はよく見えないけれど、長いこと続いていた暗闇と沈黙を払うような明るくてはっきりとした声だった。
初めて聞いた折原以外の誰かの声に、木葉は少しだけ安心した。
「お嬢ちゃん、どうする?」
どちらに向かって言ったのかわからないようだった言葉を、改めるように訊かれた。
「私は大丈夫です」
とくに考えることもなくそう言った。校舎を出てから久しぶりの自分の声だった。もう随分長い間、喋るのを忘れてしまっていたような気がした。
近江は無言のままだった。暗闇に目が慣れてきて、微かに輪郭が見える。どうやら誰もいない方を向いて、また手を動かしているようだった。
どこか奇妙で、滑稽で、異様な雰囲気がそこからは感じられた。
でも木葉は、この気配をもう知っていた。だから怖くはなかった。
「じゃあ、ここで話そう」
長身の男はそう言うと、ペンライトを右手でつけた。そして地面に置いた。
誰がそこにいるのか、それがわかるくらいの明かりが足元につくられた。顔をそれぞれが見られないための場所づくりであると、このとき木葉はなんとなくそう思った。
最初に会ったときからの不自然な男たちの振る舞いに、ようやく理解が少し追いついてきたようだ。
深い暗闇の中、明かりが一つだけ零れ、三人の男たちとそれを囲んでいる。全く見ず知らずの男たちだ。
寒さにもいつのまにか慣れてきた。
鞄の中では、スマートフォンが着信を知らせるランプをゆっくりと点滅させていた。
十二月の始め。曇った冬の空からは、今にも雨が降りだしてきそうな夜だった。