紺次はぼんやりと窓の外を眺めていた。今日は水曜日だ。部活のない日だから帰宅する学生の中にも部員が混じっている。一年前にはわからなかったことなのだから、今の自分にも、もしかしたらわからないことがあるのだろうか。どうしてもそういう風には思えなかった。この先のことなんて全部わかる。将来への希望も他人への関心も皆無だった。

小雨の中を傘も差さずに歩いていく学生が一人だけ見えた。
「荒川君」
 放課後の教室の中、女子学生が一人、紺次の席へとやってきて声をかける。
「レポートの提出期限、明日までよ。荒川君だけコンプリートだって、未提出記録の」
「わかった」
 教室の前に貼ってあるレポートの提出者リストには一人だけ印が一個もなかった。
 もうこの先は変わることなんてない。今までもそう思ったことはあったけれど、それらとは比べようもないほどの揺るぎない自信があった。

 学校からの帰り道、部活のための買い物をするために店に入った。部活のための店ではあるが、本当は何のためなのかは自分でもあまりよくわからない。
 店の隅に自分と同じ学校の制服を着た人影が見えた。後ろ姿に、長い髪が少しだけ濡れている。
 どうやら自分に気がついたようだ。
「お、いたのか」
「あ、どうも」
 ここにいるということは同じ部活なのだろう。姿は見たことがあるが、名前までは覚えていない。それは向こうもわかっているようだった。
「傘は?」
「すみません、忘れました」
 女子学生が申し訳なさそうに言う。
「なんですみませんなんだ」
 言われた自分が何だか申し訳なく感じてしまった。
「ええと、二年の」
「雨田です」
 どうやら雨宿りもしたいし、一人で歩いているのも辛くなってきて、少し考え込みたくて店に入ってしまったようだ。
 二人で竹刀や木刀などをあてもなく眺めている。紺次は今まで意に介したこともなかった後輩の姿に、何かを忘れているような気がした。それはずっと封じ込めていた何かだった。
 ずぶ濡れというほどではないが、時折、髪先から雫が滴り落ちている。拭う様子はない。自分もハンカチなんてものは持っていない。あるのはきれいかどうかもよくわからない眼鏡拭きだけだ。
 仕方がないので、店にある手拭いを一枚買った。九百円だ。財布にはちょうど千円札が一枚あるだけだった。
「これ使いな」
「あ、ありがとうございます」
「どうせまた濡れるだろう。傘がないからあげるよ」
「あ、……すみません」
 店の外はもうほとんど雨は止んでいた。何を買いに入ったのだったか忘れてしまっていた。もしかしたら何もなかったのかもしれない。店を後にした紺次は、今日一日の自分の振る舞いが何となく滑稽に思えていた。そして、もうやめようと思った。何かを口実にして、人を自分の中の簡単な場所へと置き去りにする行為も。
 紺次は霧雨の中を、駅一つ分、歩いて帰っていった。