夕方の歩きに出かけた。

最近は歩きに行く時間だよ、と声をかけても決して出かけない。

実家に行くつもりで出かけることがたまにあるだけ。

「おばあちゃん(祖母、故人)ちに行ってくる真顔

と着替えて靴を履くが、足がパンパンにむくんでいるため裸足でスニーカーのひもをほどいてしばらく苦労して何とか押し込む。

一年前は同じスニーカーを靴下のまま楽に履けた。

靴のひもは自分で結べる。

横からうるさくないように「座って足入れて」「ひもをほどいてやってみて」と言って、靴を履いてとうとう外に出てくれたときはほっとした。なにしろ出かける気になり、着替え、とステップを踏んで、ドアの前で「きつい、やっぱりやめるゲッソリ」となることが多い。

歩幅は変化ないが足を動かすスピードが前より少し遅かった。

道は教えなくとも戻って来ることができる。

10年以上の決まった速歩きコースを歩き、実家(他県)に行くつもりだったことを忘れる。

もっと大きいスニーカーを買うべきだろうか。

 

 

どこにいっても何をしても誰からも蔑まれる。

そんな自分が生きていることが一番困る。

本当に小学校の時に死ねばよかったと思わない日はありません。

そのほうが誰のためにもよかった。

まだ生きていて本当に申し訳ございません。

花が咲いて役目を果たした植物が枯れていきます。

生きているという罪の意識で気分が悪くなります。

 

さようならと書ける日はいつでしょうか。

生きていて本当に申し訳ございません