『君は誰。』
もう1人の自分が自分に問いかけた。
『僕は君だった。君は僕だった。君の記憶のパズルが
バラバラになって僕は君じゃなくなった。』
真っ白い世界で二人は向き合っていた。
「…俺は」
「出雲。授業中に居眠りとは良い度胸してんなぁ。」
目の前で現文の先生が仁王立ちしていた。
クラス中の視線が全てこちらに向けられている。
いつの間にか授業中に眠っていたらしい。
「…あー。…すみません。」
昨日の出来事のせいで昨夜眠れなかったのだ。
「出雲お前、剣道部の主将になるんだろ。
練習がきついからって勉強を疎かにするなよ。」
ポンッと丸めた教科書で軽く頭を叩かれたくらいで今回は終わった。
ふと転校生の方を見たが、転校生だけは
こっちを向いていなかった。
「ソラ何やってんだよマジうけるんですけど笑」
昼休みコンとヤスが2組に来て4人で昼食を
取っていた。
「何でコンが知ってんの。」
「義明が言いふらしてた!」
静かに義明を睨んだ。
「てへぺろりーん★」
「もう古いから。」
「でもソラが居眠りとか珍しいな。
あとその手どうした?」
唯一笑っていなかったヤスが自分のパックのジュースを
飲み終えて言った。
「昨日こけてさ。」
昨日のことがあり、結局約束していたファミリーレストランには行かずに
そのまま帰宅したのだった。
擦りむいた手のひらは少しかさぶたになっていた。
「だせー!笑」
コンと義明が同時に笑う。
「もうお前ら滅びろ。」
そう言いながらまた転校生の方を見た。
昨日のことについて話したかったのだ。
しかし転校生の周りには女子が数人集まって一緒に
昼食を取っているため近づけない。
下手に近づいて変な噂を立てられるのだけは避けたい。
せめて連絡先さえ交換できたら。
そんなこを考えていると昼休みはあっと言う間に終わった。
放課後は今日から始まった二者面談で
出席番号が早いソラはもちろん初日に順番が回って来た。
「出雲は附属大以外で何か行きたい大学とかないのか?
進路希望調査で大学の名前書かなかったのお前だけだぞ」
「…すいません。まだよくわからないんです。」
「お前は成績いいし、まぁ附属大は余裕だな。
もう少しレベルの高い大学も見てみたらどうだ?
将来は何をしたいんだ?」
大学附属の高校のため特に他の大学に進学したいなど
思っていなかったし、どの道に進みたいなども未だに考えていない。
ソラにとって人生とはめんどくさいものだった。
友達もいらない、彼女も欲しいと思わない、他人にも自分にも冷めている。
コン、ヤス、義明は仲良くしているが、いつ自分がいなくなっても
あいつらは何とも思わないだろうと思っている。
今は友達でも高校を卒業しても友達とは限らない。
そもそも3人が自分を友達として思っているのかもわからない。
友達の定義がわからない。
直接聞く?そんなのめんどくさい。
何もかもめんどくさい。
「出雲。」
先生の声で我に返った。
「はい。」
「もう一度ご両親と話し合って、話しがまとまったらまた報告してくれ。
今日はもう部活に行っていいぞ。先生には遅刻すると事前に伝えておいたから。」
「ありがとうございます。失礼しました。」
…生きることですらめんどくさくなってくる。
部活が終わった後、ソラは図書館に向かった。
中学のときに借りて以来返せてなかった本を発見したため
こっそり返却しにきた。
司書がいる時間帯だと絶対説教をくらうので
図書委員の生徒だけで運営している時間の閉館ぎりぎりに。
カウンターには1人、あの転校生がいた。
そういえば昨日図書委員に立候補してたな。
なんて考えてたらカウンターが目の前にまで近づいていた。
「返却ですか?」
「うん。」
あぁー…この雰囲気じゃ連絡先聞けないな…。
「…ぷ。」
本の中の図書カードの日付を見て転校生がいきなり笑い出した。
「…これもう2年も前のじゃん。」
転校生が微笑みながら言う。
初めて真正面からまともに顔を見たかもしれない。
白い肌。
身体は小さくて華奢で、品のある笑い方。
可愛らしい声。
男子が騒ぐ理由もわかった気がした。
「うん。だから先生達には内緒でよろしく。」
「うん。わかった。」
どこかで過去に会った気がした。
だけど思い出せない。
本来の目的を思い出し、今なら、と思い切って話しを切り出した。
「あのさ、今日この後もう帰る?」
「うん帰るよ。」
「話しがあるんだ。終わったら教室きてもらっていいかな?」
「…うん。わかった。」
18:02
教室にはみんな部活に行ってて誰もいない。
ソラと転校生だけだった。
「話しって…やっぱ昨日のことだよね…?」
「うん。あと連絡先教えてもらってもいい?」
「あ、うん」
転校生は白のスマートフォンに可愛らしいピンクのカバーを
つけていて転校生らしかった。
「俺、出雲空。ソラでいいから。」
「わたしは桜木光。ヒカリでいいよ。…あと、昨日はごめんね。」
「え?何が?」
「わたし、焦っててなんか話し方怒ってるみたいだったかなって…」
「いや全然気にしてないから大丈夫。」
相手の気持ちをちゃんと考えて話すことが出来る子。
ソラの中にそうインプットされた。
「そっか、よかったぁ」
「…ヒ…カリはさ、昨日話してくれたこと以外にまだ知ってることってあるの?」
初めて女子を名前で呼んだ。
慣れていないので言うのに少し勇気がいる。
それに察したヒカリが笑ったので、恥ずかしくて目を直視できなくなった。
「わたしはまだ自分の大切な記憶を一つも取り返せていないの。だから自分のパズルの色が
何色なのかも知らなくて…」
「…そうなんだ。」
「ある記憶を取り戻したら、何か力を使えるようになるみたい。時間が止まってる世界でだけね。」
「力?」
「うん。多分あの死神達に対抗するためのものなんじゃないかな。」
だから何でヒカリはそんなに知ってるの。
ちょうど思ったときにヒカリが続けた。
「わたし、結構記憶ないんだ。気付いたら転校生としてここにいて。
だから今の私には過去も未来の記憶も結構ないの。
どこから転校してきたのかもわかんない。
先生に聞いても学校の名前だけなぜか聞き取れないの。
わたしにある記憶はこのゲームのルールとかだけで…」
ヒカリを見ると目には涙が浮かんでいた。
「…わたしっ…誰なんだろうねっ」
笑いながら言っているが目は泣いていて、ついに静かに泣き崩れた。
ソラには過去の記憶はだいたいある。
わからないのはこれから先の未来の記憶。
過去の記憶がないということがヒカリをかなり不安にさせていたのだろう。
「…俺が―…」
ヒカリに手を伸ばそうとした時、時間が止まった。
