それは、2011年1月の事でした、いつものように 自宅神前に手を合わせ 祝詞を唱えておりました。 すると、M子の脳裏に言葉が響きました。「熊野に坐す神社、梛の木(ナギの木)」その前日も 聞いた事もないような神社の名前を 知らされたのですが、聞き取りにくかったらしく、特定出来ていませんでした。しかし、熊野という単語を 翌日知らされ 関連の神社を検索するうちにその神社が、熊野三山の元になるであろう神社である事が判明しました。この神社は、今のところ 公にするべきではないと思いましたので、伏せさせていただきますが、現地の関係者の方々には、一般的になっているかもしれません。さておき、それからも 熊野近辺・奈良・京都までの範囲の神社名や神域を表す言葉が次々に伝えられ、これは お導きなのだと納得し、参拝の計画をいたしました。私が導かれる神社は、有名どころもありますが、どちらかと言うと、古くからある式内社や磐座(いわくら)などの自然崇拝的な場が多いようです。計画していましても 参拝域が広く、他県にも跨っていましたので、効率的な参拝ルートをきっちり計画しておかないと、こなせない位にハードな日程が予想されました。結局 実際の参拝は、それから半年ほど経ってからになりました。以前より 「伊勢へ七度 熊野へ三度」という言葉は知っておりましたが、伊勢にも、熊野にも まだ ご縁がなく、あると言えば 熊野の奥の院と言われいる玉置神社には参拝した事があるくらいでしたので、このようなご縁といえるべく 導きを受けたのですから、日頃からそれに備えておりました。そうしておりますと、数ヵ月後にまた神前で 少し長めのメッセージが届いたようでした。熊野本宮・速玉大社・那智大社を参れ。「南無熊野三所なむくまのさんじょ大権現だいごんげん 利生りしょうを垂れ給えたれたまへ」 と唱えよ。熊野は森羅万象 一切が仏法の世界を示し 一木一草に神様が宿る 奥深い神秘な国そのものである 自然と一体となり 霊験を得た修行者は その目的を現世における安穏 及び必ず行かねばならない 死後の世界の苦からの脱却である。このメッセージは 熊野の神様からなのか、私の守護の方で熊野権現を信仰されていた方からなのか、この時点では判断出来ませんでしたが数日後も また新たな伝達の内容から、おそらく私の守護の方からのものであると思いました。この守護の方は、参拝前に いろいろと熊野の重要地やルートを知らせて下さったり、解説して下さったりと、親切な方でした^^しかし、参拝に関しては、 自分の身のすべてを捨てきることが 如来に対する誠の供養であり、究極の修行である楽をしてお参りをすれば効験を得られない。この苦難苦痛を克服しさえすれば熊野の権現様が苦から救って下さるこの難行に耐えることが、熊野権現に対する真実の尊敬心であり、その真心の念力によって効験を授けるであろう。そのような やや厳しい感じのご指導をされました。 おそらく熊野の神様を信仰する僧侶か修験のような修行をされた方だと思われます。以前にもお話した、自分の過去世において 縁ある神社仏閣への参拝は意義深いとお伝えいたしましたが、私にとっても この熊野を中心とした 参拝は今になってみると、一つの区切りとも言えました。この参拝後から 私を守護される神仏が続々と増しました。パワースポットブームと言われて久しいですが、本当の意味でのパワースポットとは個人によって異なります。 縁ある神社に導かれるとは、自分の過去からの縁を手繰り寄せ、より深いものとして 今世にも それは引き継がれ より培われていく事が、自身の成長に繋がると思われます。外にばかり求めず、内にあるご縁を 今一度 振り返られてみるのも良いと思います。 それは自分自身を知る道のりでもあります。スピリチュアル ブログランキングへ
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僕とハナの霊界探検記
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