朝からひとしきり満たされてグッタリとした身体でキッチンに立つと後ろからハグされてウバるよ。と。。
作るから大丈夫と言ってもここにいる時ぐらいはそういうのを忘れなさいと。。
軽くお腹を満たしてのんびりと過ごす時間は本当に心地よい。ふと思い出して鞄の中から文庫本を取り出した。
コレ読んでもいい?
いいよ。
これ知ってる?
うん。麻美の感想が聞きたい。
諒さんはもう読んだ?
読んでるよ。
そか。。
そこからはボリュームを抑えた音楽が流れる中お互い読みたかった本を手に無言の時間が流れる。
時々諒さんが私の頭や手をそっと撫でる。その感触が心地いい。。
それほど長い話ではなかったので夕方には読み終わった。
ゆっくりと本を閉じると。。。
どうだった?
なんだか色々と当てはまる。全く違うのに。。
そか。。
読んだ本は「私は女になりたい」窪美澄さん。
雇われ美容クリニック医院長の女医が主人公。
彼女は私と同じバツイチ子持ち。
子供の成長、親の老化、自身の人生。
そしてその中で関わる息子、別れた夫、オーナーの男、元患者の年下の男性、クリニックのスタッフ。そして馴染みの年老いた女性の患者。
私とは全く違う環境なのに考えることがリンクしすぎてハマり込んで一気に読んでしまいました。
子供は成長しても親は親であって欲しいものでそれが異性の子供なら尚更。私は偶然同性だからまだいろんなことがシェアできるけどそれでもやっぱり考えさせられる。一人立ちというには寂しすぎる距離感を感じたのはきっと異性の親子だからなんだろうなぁと。でも同時に女は母親という肩書を手にすると父親という肩書より生きにくくなると感じることは以前から感じていて、でもそれが苦しいと思うこともないけどなんでだろう?と改めて考えてみた。それはきっと同性で母親には定年がないからなんだろうなぁと。
そう考えると娘に諒さんのことを話すのも無意識に言葉を選んでいる今の感覚はこれからも鈍ってはいけない部分だなぁと。。。
そんなことを話すと諒さんは柔らかな笑みで私を見ながらいろんな顔を持つ麻美は大変か?と聞いてきた。私はさほどそれを辛いと今は思わないしむしろそれで救われている部分が多いと答えた。
そんな私を見ながら諒さんはそか。というと珍しく日本茶を淹れてくれた。
きちんと温度を守って淹れられたお茶はとてもまろやかな甘味と深い味わいを舌に届けてくれて思わず小さな満たされたため息が出る。
諒さんはこの部屋で1人で寂しくない?
それはないな。麻美もきてくれるし。
そっか。。
どうした?一緒に暮らしたいのか?
それはまだ考えてない。でも私がそう言ったらどうする?
今は無理だけどもう少ししたらできるかな。
なんで今は無理?
時期じゃない。
私が笑うと諒さんは分かるか?と聞いてきたから同感だよ。と答えた。
ずっと一緒にいたい。この気持ちに変わりはないけど今はまだその時期じゃない。
でもいつかそんな時期が来てもこの人の隣に居たらその時はここにくるんだろうなぁと。。
SMという関係は体がメインで相性が大事でというのが身も蓋もない現実。
ただそこには互いの細かな感覚や願望も混在しててそれをSもどきは薄っぺらい精神論で語る。ふとおかしくなってクスッと笑った私を諒さんは見つめながら何考えてる?と言う。だから笑って答えた。
いつか、そのうち分かるよ。
ただ会って体を重ねてそこで満たされる関係なら終わりを感じながら一緒に過ごしているのだとおもう。でも諒さんとはそんな気がしないのはきっと彼が欲しいと思っているのは体だけでは足りないからなんだと思う。
私はやっぱり支配欲にまみれた男が大好物だ。