政府・自治体は住民の高まる治安への不安を受け、繁華街等への監視カメラの設置など強化し、企業もまたGPS付携帯電話等を利用した様々な安全安心サービスを提供するなどホームセキュリティ関連市場は大きく成長した。
また、地域によっては自主防犯組織による自主的な活動も活発化している。
それにもかかわらず、依然として住民の治安への不安は高止まり傾向を示している。
犯罪率自体が低下傾向にあると指摘されていたりもしている。
しかし、平成18年8月に内閣府政府広報室が実施した「子どもの防犯に関する特別世論調査」によれば、子どもの犯罪被害の不安を感じる理由の第1番目に“テレビや新聞で、子どもが巻き込まれる事件が良く取り上げられるから”が上げられ、第2番目に、”地域のつながりが弱く、近所の住民の顔をほとんど知らないから”との回答が示されている。

様々なセキュリティ・サービスが開発され、提供されているにもかかわらず、なぜこのような結果が示されているのだろうか。

一般的に、地域防犯は下に示した「監視性の確保」「接近の制御」「被害対象の強化」「領域性の確保」の4つのポイントのバランス化によって担保されると言われている。
現状の各種のセキュリティ・サービスや住民の自主活動は、前三者に大きな重点があり、「領域性の確保」に結びつくものは限られている。

【地域防犯の4つのポイント】
①監視性の確保
見通しを良くすることで地域住民の目を確保し、防犯灯や監視カメラなどを設置することで犯罪企図者の行動を抑制する。
②接近の制御
敷地周囲にフェンスを設けたり、建物上方への足場などを排除することなどで侵入経路を少なくする。
③被害対象の強化
扉や窓などの防犯性能を強化したり、部材や設備などを破壊されにくいようにすることで被害対象を守る。
④領域性の確保
その場所で健全な生活やコミュニティ活動が営まれているという形跡を外部に示すことで、犯罪企図者を遠ざける。


すなわち①から③に示した異質な者を排除することを中心とした対策の向上により、見知らぬ人が監視の目に入り、まだ事件や事故も起こしていないのに、ただ見知らぬ人がいると言うだけで不安に絡まれてしまう人々、そしてほんの数年前なら取り上げられもしなかっただろう事件や事故がカメラ付携帯電話などの普及により、まずはネットで、そして話題を呼んだ場合、さらにテレビなどで放送されることにより、体感としてあたかも犯罪が増えているように感じてしまうことなどが考えられる。

また3つのポイントは、仲間内の同質性を求め、疑いあうことを強制するため、地縁・血縁を中心とした封建的・抑圧的なコミュニティにならざるを得ず、いずれにも属することができない新住民などは疑いの目にさらされることもあり得、そのことが”地域のつながりが弱く、近所の住民の顔をほとんど知らないから”と回答させている可能性がある。

従って、①から③の言わばハードによる異質な者を排除する対策では不十分な領域をおぎなうために領域性の確保を進めていくことが重要となる。
この領域性の確保が進まずに他の3つのみが進んでゆくことは、多様性と寛容性を排除した抑制的な管理を強化することになりかねず、内閣府のアンケートの結果に見られるように逆に人々の治安悪化に対する不安感を高める可能性がある。
  
これからの安全安心コミュニティの条件として、現在の弱体化している地域の「領域性の確保」のより一層の充実を図り、4つのポイントのバランス化を図ることが不可欠であると言える。
では、次に「領域性を確保」とはどのようなことを意味するのかを検討していきたい。

「領域性を確保」は、一般的に、①から③のハードを中心とした対策では、コスト的に限界があり、全ての領域をカバーすることができないから、地域住民の目で地域の空間的領域性を確保することと解釈されている。
そのため、その場所で健全な生活やコミュニティ活動が営まれているという形跡を外部に示すことが重要となる。
例えば、植木への水やりや散歩など地域の人々の生活の習慣を子どもの登下校の時間に合わせることによって子どもを見守り、また自治会活動や文化活動、レクリエーションなど様々な地域の活動を活性化し、住民同士が互いの存在を知りあっているばかりでなく、地域のどこかでいつでも住民が何らかの活動をしていると犯罪企図者に思わせることである。

すなわち設置場所が予測可能でコストがかかるだけでなく、衝動的な犯罪の未然防止には役立たない監視カメラ等に変わり、自由に動き回り、維持コストもかからず、尚且つ監視だけではなく犯罪の未然防止に役立つ予測行動がとれる可能性の高い人の目で時空間の領域性を確保することである。
言わば、地域のパノプティコン化を目指すことと解釈できる。

しかし、これでは、地域で見知らぬ他者や心身の障碍のある人を不審者として排除することにつながりかねず、領域性の確保の役割のひとつである他の3つの対策によって進む多様性と寛容性を排除する抑制的な管理の強化を回避する役割を果たせないどころか逆にそれを促進する可能性がある。

目指すべき「領域性の確保」とは、治安維持の手段として健全な生活やコミュニティ活動の活性化を図り、他の3つが監視できない時空間の領域を住民の疑いの目で埋めることではない。

寧ろ地縁・血縁を中心としたコミュニティや営利、公共サービスでは対応できない環境や福祉、文化活動やスポーツ活動などを含めた広義の安全安心に結びつく多様な活動やサービスの領域を確保することによって、他の三つが持つ抑制的な管理の面を薄めることである。

それは不審者や犯罪の監視ではなく、人々が加害者になるリスクを低減することを目指すことを意味し、見知らぬ人や心身に障碍を持つ人を短絡的に不審者と捉えるのではなく、それらの人々を自分たちが歓待する対象、あるいはケアの対象として捉え、感動体験を与えたり、生きづらさを解消したりできるコミュニティである。

従って、「領域性の確保」が担保された安全安心コミュニティとは、地域住民のみならずそこに初めて訪れる人や往来する人々も含めた安全安心、平たくいえば、ここに住んでいて良かった、ここを訪れて良かったと個々に感じてもらえ、且つそのことを感覚だけでなく、犯罪や事故が減った、環境が良くなったなど個々人の関心事について定量的に表現できる社会である。