先日 とある方からこんな言葉を言われました。
H川さん
『富山くん 君はどんな人生を望んでいるんだい?』
富山
『僕は自由な人生をおくりたいです』
H川さん
『では君に昔 恩師から聞いた話をしよう』
『今から話す話は
俺の生き方を変えた話だ』
『だから真剣に聞いて欲しい。』
富山
『わかりました。ありがとうございます』
………………………………
昔々 神様は人間に20年の命を与えた
その後に神様は馬

に40年の命を与えた
でも 馬は
『こんな人間に馬車馬のように働かされる人生なんて嫌だ!』
『40年も生きたくない!』
『だから僕は20年の人生でいいから、
人間に僕の20年の人生をあげてください!』
と神様に言った
馬から20年の人生を貰った人間の命は40年になった
その後 神様は牛

に40年の命を与えた
でも牛(ここでの牛とは農作業用の牛の事を指す)は
『こんな重いものを背負わされ毎日毎日働かされる人生なんて嫌だ!』
『40年も生きたくない!』
『だから僕は20年の人生でいいから、
人間に僕の20年の人生をあげてください!』
と神様に言った
牛から20年の人生を貰った人間の命は60年になった
最後に神様は犬

に40年の人生を与えた
でも犬は
『こんな人間にすがり続ける人生は嫌だ!』
『40年も生きたくない!』
『だから僕は20年の人生でいいから
人間に僕の20年の人生をあげてください!』
と神様に言った
犬から20年の人生を貰った人間の命は80年になった
こうして人間は
馬

牛

犬

からそれぞれ20年の人生をもらい
80年の人生になった。
………………………………
H川さん
『この話はまさに今の人間の人生をあらわしてるんだよ』
何故なら
生まれてから20歳 までは人間らしい生活を送れる
毎日が新鮮で
感動に溢れた10代
楽しかった夏休み
感動の入学式や卒業式
熱くなった部活動
胸の高鳴るような恋愛
20歳まで本当に楽しかっただろ?
それは元々
神様から貰った人間の命が20年だったからだ
じゃあ20歳から40歳まではどうだ?
気付いたら親元を離れ社会に出て
【馬車馬

】のように働くが給料は安く
毎日が同じことの繰り返し…
無感動の毎日…
それは何故なのか?
それは
元々 馬から貰った人生だから…。
では
40歳から60歳からはどうだろう?
住宅ロ—ンや車のロ—ン
親や子供 家族を支え続ける日々
満員電車に会社のプロジェクト
牛

のように毎日重たいものを背負わされる人生
俺は
『それが悪いと言ってるわけじゃない』
でも こんな毎日家族の為に頑張っているのに尊敬されない 敬われない父親の姿を思い出さないか?
それは
牛から貰った20年だから?
最後に
60歳から80歳はどうだろう?
犬

のように誰かにすがり続ける人生?
あんなに愛した仕事を失い
少ない年金を国から貰い
誰かに支えてもらいながら細々生きていく?
それは
犬から貰った人生だから?
富山くん
だから
本当に人間らしく生きれるのは20歳までなんだよ
多くの人達がそうじゃないか?
君はどんな人生を望んでいるんだ?
僕はあなたの様に
『鷹の様に強く
大空を自由に飛び
誇り高い生き方を望みます』
■皆さんは この話どう感じますか?
※不適切な表現は僕の文才能力の無さです�
僕の意見は
今の常識の考えなんて所詮100年後は非常識
人生80年ならH川さんの様に熱烈に生きたい
死ぬ時に 最高の人生だったと言いたい
『チャンスがあるならチャレンジしたい』
と考えています�