@realKYSG派出所

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【※大前提】
日記主は目下鉄拳勢の端くれ(対人戦<トレモに入り浸る偏屈)であり、
かつてはドラクエ勢。亜種もテリーとトルネコぐらいは手を出した。
鉄拳もドラクエも、同時期に嗜んでるゲーム類の中では、
筆頭級に情熱を捧げられるシリーズ作品だと自負してる、つもり。
ドラクエ6と鉄拳2が被った頃(1995~1996らへん)から、
徐々に比重が鉄拳寄りに傾いていった実感


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DQ11の発売日が正式発表(7/29)され、
それより先ずはじりじりと鉄拳7の発売(6/1)が近づく中、
しかし尚もPS4一式を事前に揃える決心がつかず。
実行に移すにあたっての課題が解消しきれない。

目下、無難な設置場所が確保できないのが一番重い問題点。
TV台も横に並べてある木枠の収納もがっつり満席。
だからって床に直で置く(縦置き+スタンド付でも)のは、
気分的にも使用感的にも抵抗があり、
極力採用したくない選択肢。

小さいながらも簡単に解消できない問題としては、
実はもう電源タップの空席が無い。
現時点でも6コ口の一箇所から更に3コ口のタップを凧足させてて、
これ以上の分配は流石に躊躇いが生じる。
向かい側の壁からTVの傍へと新規で延長させるのも、
少々都合が悪いレイアウト。

他、地味に痛いのが紙媒体のガイドブックを見込めそうもない点。
記述内容を事細かに問おうとする以前に、
開墾するテーマのイマジネーションを補佐する用途で重宝する代物。
ネットに繋いで閲覧せず、ネットで拾ったデータを印刷せず、
飽くまで版権元公認の物理書籍、の佇まいがいいんだわさ。

この「攻略本餓え」って問題に関しては、
諸外国の動向にも視野を広げる必要性があるのかもワカラン。
それこそ、前述の通り文章そのものをしっかり読めるかどうかを、
軽視できる意識付けは既にできてるわけで(笑

自分個人の、フィジカル面のコンディションも懸念材料。
というのも近頃めっきり目が衰えたようで、
正直なところ鉄拳7ぐらいの派手なグラフィック(と演出)は、
結構目が堪えてしまってる有様。ロケテver.は厳しかった(笑
この症状、業務用の画面&距離感だから尚更だったのか、
それとも家庭用の環境下でも引き摺るのか、
そのへんの見極めに於いても従来ほどすんなり手が出し難い。

もちろんそれは、最初に買う鉄拳7のみならず、
ゆくゆく買い進める事となるPS4タイトル群を、
主観で魅力的か否かの基準で見回した際の傾向で考えても、
生憎それが短時間でヘバりそうな類のタイトルが多いようだと、
どうしても本体の購買意欲そのものに影響を及ぼしてしまう。
これ自体は、5年前のPS3購入の時ですら多少気にしてたけど。

および、あまり声を大にして言うべきじゃないんだろうが、
やはりどうしても旧来の鉄拳と比べた場合に、
仕様面でフィーリングが芳しくないという相性での懸念も。
単純に費用対効果で合理的に考えてしまえば、
そりゃソフトウェア代ぐらいは余裕で元が取れる展望はあっても、
これまでの熱中度を自覚する程にそこは余計に贅沢になるわけで。

置き場所なり電源なり、
そこいらの課題は現役駆動中のPS3に引導を渡せば、
ほぼ万事解決に至るわけなんだが、
そこが全く前向きになれないのが、
結局はPS4をすんなり迎え入れられない大きなネック。
PS3、積みゲーもたんまりでまだまだ名残惜しい遊具。

克服の範疇ながら敢えて触れるなら、
やっぱ投資額が殊の外軽くないのも、
引っ掛かってないといえばウソになる(先々の有償DLC含め)。
予めPS4版鉄拳7用に5万どけてあるものの、
この額で据え置いたままだとレガシーコントローラー如何では、
十分なプレイ環境に達しない可能性大。
"大満足"な環境はハナから棄ててるにせよ。

なお、この予算には映像撮り込み機器を新調する額の割当がなく、
つまりは開幕早々から動画を撮りつつ嗜む姿勢が構想の外。
必要性から目を逸らすことが出来ない心理状態に達してから、
改めてじっくり考えたい材料。
時代に見合った録画環境を用意しないコンボ勢なんて、
今日び希少種、というより絶滅危惧種だろうけど(笑

んで、これらの諸問題は、
矛先をPS4→スイッチに置き換えると概ねクリアできるが為に、
遊具そのもののワクワク感以上に浮気心をくすぐられてる次第。
でも、いざスイッチを選ぶとなれば、
事実上PS4&鉄拳7+DQ11は当分迎え入れない事が確定する。
絶対に意識が回し切れずに持て余すからなぁ。
インテリアで目の保養にするなんてのは馬鹿らしい。

WiiUの時みたく、一定のタイムラグを置こうとも、
後々で任天堂機=スイッチにも鉄拳7が移植される運びになれば、
実に、実に好都合なのだが……。
業務用やPS4/PC版との整合性を欠いてもそこは呑むので。

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2017.4.12時点、PS4購入欲はピークにまだまだ足りず。
むしろ今後、鉄拳以上の動機が生まれないモンかと内心祈りたい

目下無敗の侍に対して人並の関心を発揮せず、

そのくせ普段は野球への興味が満更でもない素振りをなまじ示してしまってる都合、

いつもの天邪鬼と同類のパターンを当て嵌められるのも少々癪な話。

予め消極姿勢は打ち出してあっただけに尚更。

 

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野球の世界大会、

皮肉な話だが国内のリーグが盛んな国であればある程、

そちらの成績に支障が出ることを嫌う心理が働いてしまい、

つまりは本戦で各国が真価を発揮してる保障が薄れる。

 

掛け値なしのガチンコ世界一決定戦の様相が成立してるのかどうか、

という疑いを携えつつも、「この大会はそういうモンなんだ」

という自己肯定で蓋をすれば、

諸条件あれど世界一決定戦である事自体はまぎれもない事実。

その自己暗示が案外、自分には難しい。

 

但し書きに目を瞑れば、

どの国もそこまで選手層を出し渋ってるという程でもなく、

各国のオールスター級を一斉に眺める事が叶うイベントとしての希少性、

それ自体は意義を実感したい。

よって、最初から堂々とそれこそが目当てだと公言して観戦してる層は、

ある意味潔くもある。

 

しかしコレを品評会(≒普段は見る機会の少ない、規格外のパワー野球)めいて観るのは、

ちょっと自分向きじゃないのを経験則から痛感しており、

その上日本代表が勝ち上がる興奮を周りの皆ほど発揮できず、

国民感情として薄情な点もまた痛感せざるを得ない。

 

前提に、日頃から自分は日本って国(ないし人種)が、

相対的に見て諸外国よりもフィジカルで遅れを取ってる擦り込みが強く、

そのハンデを押して世界トップクラスと鎬を削る競技者は心底スゴイと感嘆できる割に、

こと野球ではその法則をどうにも素直に当て嵌めきれない。

 

何故なのか、

 

その答えは幾つかあれど、

競技の特色や適正を存分に活かせてる国自体の少なさがまず第一にある。
国技と称して差し支えない程に盛んなアメリカ日本キューバ、

その歴史のギャップを身体能力+近代化で縮めるには、

まだもう一歩時間と人気が足りてない印象が残る。

 

というより人気と照らした残酷な現実として、

ポテンシャルはあっても時間の経過がレベルアップと比例しない国もあり、

その点でなんやかんや言っても急激には不人気に陥らない、

アメリカや日本が序列に相当な優位性を持っているかな、と。

 

これを贅沢に読み取ると、

多少日本人の身体能力が他所の国から見劣りしようとも、

小手先の技術が踏襲&進化を絶やさなければ、

やっぱ日本の野球は全世界的に見てもまだまだ一日の長があり、

如何に外国の選手団が肉体的に逞しくても、白星を取る想像が先行できる。

 

その先入観を強気に持ってる分、

ホントの強豪国が相手じゃなければ多少ヘマっても勝ちは拾える、

という過信にそうそう裏切られず、

だからこそ他の競技ほど肉体的ハンデを押して勝つ興奮が呼び起こされない、

細かい部分の実態はさておき、自分なりの歪んだ信頼の形でもある。

 

それでも蓋を開ければスコアボードの上で接戦が展開される現実そのものは、

安直には読み解けないスリリングな面白さ、

と言う形で受け取れればいいのかも知れないが、

死力を尽くした結果<失敗が嵩んだ結果、の傾向をどうにも見てしまう上から目線。

 

それら凝り固まった目線からすると、

今大会は前評判でさほどでもなかったイスラエルの快進撃が連日報じられ、
試合を見てない立場なりに関心をくすぐる意表が発生した点は、

アテの外れ具合が清々しい材料(嬉しい誤算)としてひとつ記憶にとどめたい。

 

捨て置けない問題点としては、

主催国でありながら毎回本腰を上げる気概のない、

実質実力世界一を誇れるハズのアメリカチームの取り組み姿勢にある。

個人個人が積極的に手を抜いてる事を疑う前に、

全体練習でチームを纏める段階の問題にも思える。

 

国際色豊かなメジャーリーグなだけに、

如何にそのクオリティが世界随一でも、

国別対抗で本場が世界一かは定かではないという見解も聞かれるが、

当のアメリカが国の威信を掛けて容赦なく本気のチームを仕立てない限り、

可能性を実証するに至らない。

 

この状況が続く限り、野球という競技を宛がいつつも、

国として大会に際しての本気度を試し合うイベントである色合いが払拭できず、

競技そのものが達者があるかどうかを競い合う大会としての精度をどうしても損ねてしまう。

根強い不要論もこの見解を少なからず含むハズ。

 

つらつらと挙げていった項目群、

他所の競技でも当て嵌まる項目は当然あるだろうけど

(五輪よりも明らかにXゲームに比重を置いてる競技群とか)、

残念ながら現時点ではことWBCは実力世界一を真に鑑定する信憑性で、

やや説得力を欠いてる感は否めない。

 

それでも、それでも最後まで勝ち上がれば、

世界一を名乗れる権利が得られるのは紛れもない事実であり、

純粋にそれを誇れる気持ちを育みさえすれば、

自分も人並に楽しむことが出来るんだと思う。

小さい材料に気を取られすぎる性分が憎らしいと思うべきか(笑

 

--

 

といった言い訳の数々が、

自分をWBCの側に今一歩奮い立たせない主立った理由。

観始めればそれなりに面白い、という次元を通り越して、

開催日程が決まった段階から待ち遠しいぐらいの心境を、

将来的に生み出せれば是幸い。

 

んでもって今は、周囲との歩調を重視せずに、

オープン戦のスコアブックをちまちま眺めてはシーズンの展望を日々こねくり回す勢。

野球であれば概ね楽しめる肌ではなく、

結局はプロ野球って在り方そのものが性に合ってるのをすこぶる実感。

 

--

 

書き出して痛感した。

 

どうやら自分はプロ野球を純粋なスポーツ観戦として楽しんでる感覚が薄い。

ないし、ない。

 


定められたルールに則った肉体的活動の光景に熱狂する感触よりも、

目まぐるしく変遷する状況の情報に相当気を取られており、

その後者をよほど楽しまんとしてる。

 

だからなのかな、

過程よりも勝てば官軍の色が強まりがちな国際大会になると関心を育みにくいのは。

要所要所をかいつまめば多分それなりに満足できるんだろうけど、

全体像を振り返って再度楽しむという部分で色々損ねてしまう。

 

スポーツの定義は一概に全身をハキハキ動かす事にはない、とされてはいるものの、

世間一般の認識はどうあれ自分の中では客観的に見て取れる身体的な運動量と、

スポーツって表現の純度を関連付ける縛りが大変に強い。

観点が古臭いと言われるのは覚悟の上で。

 

そこからすると、

野球とて決して運動量や負荷の弱い競技と言うべきではないのだろうが、

野球無関心層から聞かれる

「選手が動いてない時間量の長さ(のつまらなさ)」は、

他所の一線級競技から見劣りするシーンは否めないわけで。

 

ピッチャーの肩と、インプレー時に打球の行方に関与してる面々は、

紛れなくスポーツと捉える事が自分の中では叶う反面、

それ以外の時間帯はむしろテーブルゲームを眺めてる感覚に近い。

飽くまでセットプレイのフェイズを積み重ねる感じ。

 

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プロ野球自体は個人としては日頃愛着のある競技だが、

その互換競技を五輪に定着させて、

世界中の人間にスポーツ観戦としての娯楽性を分かち合おう、

ってハナシになると正直引け目を感じるのは、

そういった潜在意識もあっての事と思える。

他の用途で上手く転用しにくい競技場の形状ともども。

 

慣れてしまえばどうということはなくても、

やはりルールも読み解きにくい。

ここでも主観の基準を出してしまうと、

明文化されたルールブックに目を通すまでもなく、

眼前の光景をしばし眺めてればおのずと概要が掴める競技に、

スポーツの純度で優位性を見てしまう癖がある。

 

複雑なルールを把握した上で観戦する悦びというのも、

確かに認められる感覚なのだが、

興奮を手繰り寄せる手口としては実際回りくどい。

ありきたりな興奮に麻痺を覚えるとコレはコレで快感であっても、

やはり慣れを必要とする領域である。

 

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書き出しててもどかしいのは、

無闇に野球をディスる狙いがあるワケではないが、

ここまでの話ぶりではそう受け取られても実際仕方がないのかなと。

心に誓って愛着を持ってる対象を語るに際し、

同じようなミスを繰り返してるきらいがある(笑

 

もとより、愛好してる材料の長所やメリットばかりを眺めて、

対外に示す語り方ってのが得意ではなく、

客観的に捉えた場合に不都合である材料を併記しないと公平ではないし、

そこを直視せずに嗜むのは愛着が歪んでる実感が滲んでしまう厄介な性格。

表面の輝きばかりに気を取られず、裏面を呑めてこその愛着と思いたいクチ

 

でも御託を並べようと思う前に、

そもそもどこからどう眺めても隙のない万能性に日頃からアレルギーを持っており、

だからこそ愛着を育んだ対象にはツッコミどころを携えてあった方が嗜み甲斐もある、

という前提が効いてるのは素直に明かしておく。

落ち度は愛すべき欠点にも相当する。

 

例えば公平性。

天候にも左右されがちな屋外競技なんかだと、

なるべくどの選手にも平等な条件を設けようと工夫を凝らすが、

なかなか思惑通りには機能しないわけで、

スポーツが結構なところ「運」を味方につけてナンボというのが解釈できる、

個人的には憎めない理不尽と位置付けてる材料。

 

例えばホームアドバンテージ(狭義の)。

ただ単にレギュレーションに準じて競技と向き合うなら必然性が無いハズのこの材料、

しかし実際にはガッツリ喰い込んでて正当化されている。

これもまた割り切りの元で成り立ってる前向きな落ち度。

割り切らなければ純粋に「ズル」なわけで。

 

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話がちょいと脱線してしまうが、

 

こうして色々見つめ直すと、

e-Sportsが目指さんとする方向性を素直に評価できない心理が燻るのは、

自分個人の中で独善的に定義してる「スポーツ」の概念に対し、

ビデオゲームが同じ土俵に立たんとする野望への拭えない違和感なんだと思う。

利権の動きを度外視しても。

 

ビデオゲームのスペシャリストが競技会で鎬を削る枠組みが、

日々骨格を強めて輪郭を太くする事自体は純粋に素晴らしい取り組みだと思えるのに、

それをスポーツという表現に当て嵌める事が、

なかなか自分の中でしっくり来ないというか。

 

自分がここで何をわめこうが、e-Sportsは現行の在り方で成長を遂げ、

その結果幸せを掴み取る人達が沢山生まれる事には変わりないだろうし、

ゲームの腕前で世間的な評価でもって報われる構図自体は、

一概に悪いとは思うべくもない。

 

称えられるに値する面は認められるが、

ゲーム好き(対戦型ゲームを含め)を自負するクラスタという立場をしても、

些細な引っ掛かりを棄て切れない偏屈がいるという事実を、

こうして文字に起こしておく多様性が許される事を望みたい

 

--

 

一旦はTwitterで全部吐き出そうとするも、

思いのほか量が嵩みそうな予感を覚えてコチラの存在を思い出したが、
とはいえ出力形態が「記事」になる割には、

諸情報の収集/確認という手順は結局割愛している辺り、

話の精度を詰める気は更々ないという手抜き姿勢。

 

示したいのは情報の正確性ではなく、

ものの数時間で恐らくは霧散する一過性の発言欲に間に合ううちに、

後付けの小細工に頼らないなりに気が済む範囲で腹の虫を殺しておこうって具合。

一概にフラストレーションありきで書き始めた内容でもないので、

腹の虫って表現は適切じゃないかもだが。

 

なのでまぁ、

 

検索でここに運悪く辿り着いてしまった読者は、

本文の情報の正確性をアテにせずに目を通して貰えれば有難いところ。

手間をかけないなりに不正確な情報の混在やむなしで

今巷で話題フットーのあのゲーム、
自分は対応機種を持ってないのもあって未体験だけど、
中味は実際よく出来てるんだろうなってイメージしてマス。
決して評判の力だけとは思えない盛り上がりを見るにつけ。

もちろん、何らかの影響や感化を過去に通過してきた、
チルドレンの絶対数が他の例えとはケタ違いだから、
仮に全く同じ設計のゲームが他にあったとしても、
今回ほどの現象を引き起こすには至らなかったとも思う。

さて、とはいえ自分は目下の社会現象に迎合or追従できず、
あのシリーズの経験則が元々なかった事を差し引いても、
猫も杓子も昼夜を問わず、公共の場で目一杯ゲームに興じ、
勢い余ったプレイヤーが迷惑行為で顰蹙を買い、
素晴らしさと気まずさが派手に入り混じった今回の現象を、
少なくとも現段階では歓迎寄りの感情に繋げられない。

実は、コレが配信される前日の7/21から、
自分もプレイヤーではないなりに(≒ない癖に)、
本件に関するTwitterの呟きが随分な割合になっており、
あの在り様はさぞ、無関心を謳う割には煩い奴だと、
評判の足を引っ張る側として眉を潜められてる気はする。

でも一件申し開きさせてもらえば、
自分は最初から一貫して、任天堂がダメとも、
ナイアンテックがダメとも、ゲーム自体がダメとも、
そういう主旨の発言は一切していない、つもり。

なのに、どうにもネガティブな見解が溢れてるのは、
前もって海外であんだけ負の側面が報じられていながら、
それでもそれを反面教師にするでもなく、
自分自身が目一杯楽しむ事に貪欲すぎるプレイヤーが、
家の中でもなくアミューズメント施設の中でもなく、
れっきとした公共の場でも遠慮を蔑ろにして、
その結果、国内でもやっぱ反感が芽吹いてる有様に、


ゲーム好きはいーっつも被害者ぶってるけど、
何故評判に影を落としてるのかも考える癖をつけろ


って、ついついムカッ腹が立ってしまうんです。
顰蹙を買う材料に無頓着、無自覚なのもマズイが、
心当たりのあらゆるを害悪の観点に結びつけず、
差別の所為とかって見方で片付けるのも雑な話で。

訓練されたゲーム好きはTPOを守って遊べる生態で、
不幸な事故の数々は元々たいしてゲーム好きでもない、
流行り物好きの所業である傾向が強いだとか、
そういう屁理屈に耳を貸すつもりはない。
決して統計が示してるかどうかの問題じゃなく。

一概にアンチが意地悪だからやり玉にあがるとか、
常にそんな極端じゃないなんて事は分かり切った話。
むしろ、普段程国内報道がコレを責めてないからって、
日本では節度が保たれてるなどと解釈するのも早計。

やらかすアホこそが一番の大罪なのは認めつつも、
その気まずいイメージを立退かさんばかりに、
作品の良さを褒める事への加勢が活気づく光景は、
この娯楽全般がかねてより抱え込む問題点に対しても、
目を逸らしたり発言を控える作法が常態化してるか、
アタマでは踏まえても損得勘定で押し殺してるのか、
どっちにせよ、ゲームって文化の威力を珍重し、
色々救われてきた身としては、その態度が悔しい。
悪評を一切受け容れずに洗い流すのは実に小賢しい。

愛着ではなく買い支えで業界に貢献してドヤってる、
コンテンツの本質に喧嘩売ってるも同然の層の、
歪んだ愛情表現への不快感とどっこいどっこい。
駄目な時でもヨイショの一辺倒を良かれと取るのは、
売上面の話なんぞ抜きで、文化に対する冒涜、
極端に言ってしまえば、そんな想像すら沸いてくる。

そこまで大袈裟な項目をいちいち念頭に置かずに、
素直な気持ちで褒めてる層がいる事は分かるが、
既にデカい先例が起きた前提があった時ぐらいは、
きな臭い話は我関せずと最初から決め込まずに、
褒めた対象の裏側にそういう事象があった事実を、
言葉に起こさずとも、せめて忘れずにいて欲しい。
楽しむ上で煩わしい感情などと、葬らないで欲しい。

連帯責任だなんて言わないし、
楽しむ気持ちを控えろだなんて言える立場じゃない
(一連の騒動で親族の命が奪われたわけでもなし)。
ただ、先例に対してあまりにも無頓着な姿勢だと、
おのずと敵を増やしてしまう代償がある、
今回のコレはそういうモンだって踏まえて欲しい。
プレイヤー人口の多さに物を言わせて、
NGの定義を刷新し直すのだって、簡単じゃない。
熱中度にかこつけた、強引な正義は殊更許されない

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流行り物に乗っかれないプレッシャーに負けると、
こういう拗らせが収まらない、ってな悪い見本。
良い子のみんなは、素直にポケモン愛してあげてネ。

自己嫌悪ゲットだぜ!!
(※安心して下さい、平常運転ですよ)