山は実を以て体と為して
而も其の用は虚なり
水は虚を以て体と為し
而も其の用は実なり。




<訳>
(言志後録123条)
山は、岩や木・草などの実体ねあるもので成っている。しかし、山はそのままでは用に供することはない。水はこれが実体であると一見しがたいが、用に供することは広く、まさしく実体をなしている

(藍二斎は思う)
まず「お金」
お金はそのものが実体に見えるが、そのままでは何の役にも立たない(固くて鼻もかめない)

次に「学び」
学ぶことは尊く大切で、学んでいる人を見ると関心するが、学ぶだけでは、何の役にも立たない。

こうして目に見えて実体と思えるところには実は、実体はない。

実体とは、実感であり、実感とは「実際に役立ち感動のあること」だと思う。

学は自得するを貴ぶ
人徒らに目を以て
字有るの書を読む




<訳>
(言志後録138条)
学問を志すには、自ら学び得た真理により自ら悟ることが貴い。多くの世人はただ目でもって書物の文字を追うのみで、その裏面にある意味や真理、著者が本当に伝えたいことを読みとることが少ない。「眼光紙背に徹す」「文章の行間を読む」などの教えがある。心の眼を開いて良書を読む心構えが肝要である。

(藍二斎は思う)
自ら悟る方法としては、とにかく実践することが大切だと考えます。また本を読むのはインプットですが、1を入れたら10の行動を心がける。1を聞いて10を知るとは、そう言うことである。





一燈を提げて暗夜を行く
暗夜を憂うことなかれ
只だ一燈を頼め


<訳>
(言志晩録13条)
たった一つの提灯をさげて暗い夜道を歩く。
暗くても怖がることはない。
目の前のただ一つの灯りを一心に頼りなさい。


(藍二斎は思う)
「拠り所(よりどころ)があるだけで
 ただただ感謝です。
 すがるものが一つしかないのであれは
 必死にその一つを頼りに励みなさい」

と、一斎先生は教えて下さいます。