男女共にこの大会、
意味があるのだろうか?

東アジア地域で決勝ラウンドに
上がって来る国は数十年変わらないと思う。

男子(日本、韓国、中国、豪州)
女子(日本、韓国、中国、北朝鮮)
やる意味が無い。そう言い切れる大会。


男子は特に、先日のコンフェデの
対ブラジルみたいなプロと中学生と言った戦いをアジアでやらなければいけない。

本当はアジア地域の中東ともっと
試合をしたい。



女子はかなり重症!
どんどん追いつかれ追い越されている。

先ず、なでしこリーグ!
INACの独り勝ちを
どんな手を使っても止める。
選手の質、数共に違い過ぎる!

あと海外の選手を取る、受け入れる。
国際大会が少ないので、海外の選手の技術、体格差を普段から感じる事が出来る。

勿論、逆に海外に出て行く⇒これかなり重要‼

ある選手が自ら海外へ行きたいと志願して環境が違う?みたいな事で数ヶ月で帰国?サッカーしに行ってるんだろ、それに日本と同じ生活環境な訳ないだろう?(以前も数ヶ月で帰国の前科有り)
今回もメンバーに選ばれてますが?
何やってんの?監督!


とにかく男女共に進化してる姿を見たい。

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百歩譲って、合計1000円はあるが
バーガー1個で1000円はあり得ない。

マックの存在価値は100円メニュー!


そんな金額出すんなら、モスに行くし
更に専門店やホテルと言う選択肢もある。


って言うか、普通にごはん屋さんに行くし(コーヒーも飲める)



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ディスコデビューは高3、当時部活も
引退し一気に夜遊びへ流れていきました。

大小、数々のディスコがあったけど
思い出すのが「カルチェラタン」
「釈迦曼陀羅」「テレサ&ガリレオ」
「イスカンダル」「アトラス」

まずデビューは「カルチェラタン」
ススキノから少し南のはずれ、中島公園からの方が近かった。

当時、札幌以外でも有名だった
釈迦曼陀羅ではなかったのです。
何故か釈迦曼は怖いイメージがあった。

カルチェラはフリードリンク&フリーフードで割引券があれば男性990円
だったはず(女性は880円?)
カルチェラはサーファーディスコの
分類でした。
開店直後に入店しまずは腹ごしらえ(笑)後は踊りまくると言った感じでした。

そして一番MCが多かったように思います。

服装チェックも厳しくて、髪を上げるだけでOUT!
私も一度、OUTを喰らいました。
Fineを参考に髪を下ろし、Gパン、トレーナーもしくはパーカー(ローカルモーション)と言った服装で入店してました。

そして一番通い詰めたのはススキノ交差点、釈迦曼の斜め向かいの
「テレサ&ガリレオ」当時パブディスコって言ってました。

ここはフリードリンク、フードはチケット制でした。
南国風の店内でサッカーゲームとかあり踊らずにゲームした時もあった。

かなり通って、週4~5は行ってました
途中から顔パス(なんて素晴らしい言葉)になり2年程通いました。
ここは食べ物が充実していて美味しかった

「釈迦曼陀羅」はあまり行ってないんです
イメージが悪く、結構大人の人も居て
敷居が高かったので月に数回覗きに行く程度でした。

あそこは2フロア構成でギャラクシーと
アダム&イヴで曲調や人もそれぞれ違っていて住み分けが出来て居た。
ギャラクシー⇒ハイエナ、ニューウェーブ
アダム&イヴ⇒ソウル、R&B
私はアダム&イヴでした。
フリーペーパーも力が入った作りで
貴重な情報源だった!

あと「イスカンダル」「アトラス」は
殆んど行ってません。
ヤンキーが多いディスコのイメージで
踊り足りない時、イスカンダルに行く程度
他のディスコが閉店して、遅くまでやって居た(3時ぐらい?)

私のDISCO LIFEはカルチェラとテレガリを中心に回ってました。
その後、ディスコからクラブへと
少しずつ移って行き、クラブの始まりだったと思うのですが「シニフェ」が
私の最後の夜遊び場所でした。

ススキノの南のはずれてカルチェラの近くで、チケット制。
客層もディスコ卒業組の大人でした、
因みに専門学校の卒業パーティを
シニフェでやりました(^◇^;)

18~22歳ぐらいの間、眩いぐらいに輝いていた時代だった。良い思い出です。



あと最近、東京ローカルですが
MXテレビで日曜昼12時から
「DISCO TRAIN」と言う番組が
始まってます、なるべく長く放送して欲しいですね※深夜枠で細々でもイイから続けて欲しい!




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