英知出版の読書モニタープログラムで、『意思決定の質を高める「フレーミング」の力』を読みましたので、要約&感想を掲載します。
1.「フレーミング」とは
「フレーミング」とは、「フレーム」を形成することを意味します。
「フレーム」とは、人がある現実をどのように捉えるかを決定する「思考の型」のようなものです。
同じ事象を見て、人によって捉え方がまったく異なるのも、この「フレーム」による働きに他なりません。
「フレーム」は、人間が、様々な事象から、その背後にある因果関係やメカニズムを推論することで、想定システムとして内的に形成したものです。この説明だけでも、政治経済における判断や、科学などの学問と親和性があることが分かると思います。
実際、この「フレーミング能力」によって、人類は発明・発見をなし、諸学問や経済・政治のシステムを発達させてきました。
また、政治や経営において一国や一社の命運を左右する重要な判断を下してきました。
2. フレームの構成要素
著者は「フレーム」は「因果推論、反実仮想、制約」の3要素から構成されると述べています。
- 「因果推論」により、物事がどのように展開し、帰結するかを想像する。(物を離すと、地面に落ちる。それなら、他の物でも同様だろう)
- 「反実仮想」により、現実とは異なる世界を想像し、「もしも〜だったら?」と問いかけることで、より望ましい新しい現実を作り出すための解決策を探索する。(展望台から人が落ちて怪我をした。もし、その場所に転倒防止柵がついていたら、どうなっていただろうか?)
- 「制約」により、選択肢の幅を狭め、あるいは拡張し、選択肢の合理性や可能性を高める(例えば、地球上で飛行機を設計する際は、重力は必須の制約となる)。
これを要約すれば、「因果推論」により、事象メカニズムの心的なシステムを構築することで、そこに自由に制約を加える、あるいは緩めながら、仮想現実の世界で幾通りものシナリオでシミュレーションをすることができる、ということになると思います。
これは非常に高度な能力であり、実際、著者は、「フレーミング」こそ人間固有の能力であり、AIでは代替できないと明確に述べています。AIは所与のアルゴリズムに従って、入力データを処理するだけであり、人間のように制約条件を自由に調整して因果推論や反実仮想といった思考を真似することはできません。AIが成果を上げたように見えたとしても、そこには「どのようなデータを与え、どのように動き、どのような出力がほしいか」を規定する人間の意図が働いています。AIは前例のないことに対してはまったく無力です。人間は必要とあれば限られたデータ、またはデータがまったくない状態であっても、新しい現実の捉え方を自発的に形成することができます。本書の原語版が出版されたのは2021年であり、ChatGPTの公開前でした。ChatGPTは知性を獲得したように見えますが、これは本書の主張への反証のように取られるかもしれません。しかし、この主張は揺るがないようです。なぜなら、ChatGPTは、結局のところ、「次に来る単語はどれがもっともらしいか」を確率的に判断し、単語を並べているだけなので、既に為された人間の活動 ー だれかのフレーム ーの枠内を出ないからです。
3. フレーミング能力を高めるためには
本書では「フレーミング能力」を高める方法がいくつか提示されています。「フレーミング」は人間が無意識的に行っている知的な活動ですが、それだけに、そのフレームにとらわれて、思考の幅を狭める危険性をはらんでいるとも言えます。
本書では優れた「フレーミング能力」による成功事例が数多く引用されていますが、これは、自分が慣れ親しんだフレームを意識的に検証し、そこから脱局するプロセスを経ており、誰もが簡単にできることではありません。かなりの精神的負荷を伴うため、忌避する人も多いでしょう。しかし、一人では困難でも、人の力を借りることで容易になります。他人とディスカッションすることで、自分のフレームを客観視することができます。これは、異なるバックグラウンドを持つ人と行うとより有益です。経営において、「多様性」が求められるのはこのためです。たとえある時点で成功したフレームであっても、それに固執すると、変化した現実にそぐわなくなることがあります。様々な観点から絶えずフレームを検証し、作り直すことが必要になります。
●感想
本書の内容で印象的だったのは、「AIが人間の知的能力を超えることはない」と著者が明確に言い切っている点と、「『フレーム』のレベルの高低はあれど、良し悪しはない。ただし、「悪い」フレームがあるとすれば、それは『他のフレームの存在を認めないフレーム』である」と繰り返し述べていた点です(AIについては、要約部で記載しました)。
他のフレームを認めないということは、他の人に自分と異なる世界の見方を許さない、ということです。ここから、全体主義やテロリズム、特定の主義への盲信などに容易につながります。
フレームは「自分の慣れ親しんできた思考パターン」とも言え、それを意識的に検証したり、作り直すのはそれほど容易なことではありません。一方で、人間にしかないこの能力を自覚し、意図的に利用することで、様々な立場の人が人生や仕事で大小のイノベーションを起こしていくことができるようになります。凡人たる我々がフレーミング能力を高めるためには、隣人と腰を据えて話すことが必要不可欠だと思います。自分と異なるフレームがあることを知り、理解することが、優れたフレーマーとなるための第一歩となるのではないでしょうか。
