こんにちは。ブログを始めて早速ですが、
「花束みたいな恋をした」
のノベライズを読みました。
私はこの作品を2回観ました。
1回目は大学の友達と。
2回目はお付き合いを始めた方と。
私は普段、原作を本屋で探してそれを読んでから映画を観るんですが、
今回は逆で、映画を先に観てから
ノベライズを読みました。
この作品は、本当に当たりだったと思います。
映画の話になってしまいますが、
絹ちゃんを有村架純さん、麦くんを菅田将暉さん
だったのですが、配役が的確だと思いました。
大学生の恋愛って何だろう
大学生は子供とは言い難く、かといって
大人かと言われればそうでもない。
大学の友達と何度も何度も、
「なんで結婚したいって思うんだろう」
「何で大学生って付き合うんだろう。
関係が続かないのかもしれない可能性の方が
高いのに。」
という話をよく友達とした
(現在進行形でしている)のを思い出します。
絹ちゃんと麦くん、
最初は共通の趣味で出会います。
恋人に選ぶ条件で、「趣味が合う人がいい」
という人々をよく聴きます。
(もちろんそうでない人もいらっしゃいますが。)
そこからこの2人はずっと一緒に暮らしていきますが、段々とすれ違っていきます。
お互いが、相手を思いやっているにもかかわらず
すれ違ってしまっている
私はよく、恋愛のコラムなども読むのですが、
「相手を思いやりましょう!」は色々なコラムによく書いてありました。
確かに、相手を思いやることは2人の関係を続けていくために大事なことだと思います。
しかし、「相手を思いやる」ことと
「自己満足」
の違いって何でしょう。
言葉のチョイスが間違っていたら申し訳ありませんが、私はこの作品を見て、また自分の恋愛経験を遡ってみて、思いました。
相手の気持ち、相手が自分に望んでいることって分かりませんよね。
だから話し合いが必要なんですよね。察してよ!は良くないとよく言われてますよね。
その通りだと思います。
でも、話し合いをするにしても
相手の時間を奪ってしまうために、
タイミングや相手の機嫌等を”察し”ますよね。
私が最初に書いた「察する」とはまた違うとは
思います。
しかし、話し合いが大事だとは分かっているけれど
「相手を思いやること」
が最初に必要になってきますよね。
でもその自分が「察した」情報が間違っている
ことだってあるのではないでしょうか。
話し合いは大事だと分かっていても、大事な話をする環境を先に作らねばならない。そのために
相手を思いやらなければならない。
うーん難しい…
相手を思いやっているようで、実は
自分を守っているだけだった
実は相手のことを考えることができていなかった
そんなこともあると思います。
難しすぎる…
また、話が飛んでしまいますが、この作品では
「結婚」
についても考えさせられました。
私も、いつかは結婚して子供を産んで、
家庭を築きたいと思っています。
しかし、結婚しても付き合いたての時のような
ラブラブ💕
お互いが大好きな状態👩❤️💋👩
四六時中一緒に居たいと思う気持ち🥺
が永遠に続くという人々は、少ないのではないかと思います。
「もし僕らの気持ちが冷めたんなら、それって、いい夫婦になれる準備ができたってことなんじゃない?」
という麦くんのセリフがあります。
私はこのセリフを聞いた時に、そうなのか…?と
戸惑いました。
でも確かに、それも一理あると思いました。
しかし、それが「幸せな結婚」なのかなとも
疑問に思いました。
そう考えると、幸せではないのかな…
じゃあ結婚って何なんだ?
なんで結婚したいって自分は思うんだろう?
と思いました。
まとまってなくて申し訳ありません。
恋愛と結婚が違うことは、生きる年数が増えるにつれ段々とわかるようになってきました。
「付き合いたい人」と
「結婚したい人」
の違いも。
いつか、自分の恋愛観、結婚観が定まるといいな…
と思いました。
疲れたのでこの辺にしておきます。
それではまた。
