一方では、ハラスメントハラスメントハラスメント、差別だの誹謗中傷がどうの
というのがあって
一方では
例えば所謂障害者で権利で、バリアフリーで、差別偏見無理解不寛容がどうというのがあるのは
これは明らかに滅裂で、めちゃくちゃな世界だが
デカルト加害の展開だから、こういう滅裂なのがあって
デカルト加害以外がないから、それがひたすらにあるから、これがやまない
私が加害者であらせろという、生理非道理の展開だけがあるから、この滅裂がやまない
私が加害者でいさせろ、というものの展開のなかで、こういうのがひたすらにある
私が加害者でありたい私が加害者でありたい私が加害者でありたい私が加害者であらせろ
その生理非道理、それだけがあるから、だからこういうのがひたすらにある
全ての人間が加害者でいさせろと、加害者であらせろと、そのように展開するから
このようなものがひたすらにある
加害者でいさせろ、豚でいさせろと、全ての人間が、私から入り、間を抜かし、加害者であらせろ加害者であらせろと
ひたすらにそれだけの展開があるから、だからこういうのがひたすらに繰り広げられる
加害者であらせろという、この展開の、それは左翼の展開であり、経済豚の展開で
それは獰猛で旺盛で支配的で加害的な生理非道理であり
加害者でありたい加害者でありたいと、あらせろと
それは法整備にも意欲的積極的であり、それはデカルト加害の展開であるから
だから、それは、法律をデカルト加害のために新しく設けたり改廃したりということを繰り返しし続ける
法律はデカルト加害的な法、そのためのもの、それ的なものへとその有り様を変えていく
死んでも間が抜かされる、加害者であらせろと、死んでも間が抜かされる、
そしてデカルト加害がひたすらに繰り広げられる
沖侑果
「私は私から入らない
人は関係に則してあると思う
人は関係に則してあると思う
関係に則してある不自由の手がかり、それに則して、人に向かわず、国境と形式に至る」