学校訪問
今日は学校を訪問することに。
市内の学校でお手伝いをする。
はじめに自己紹介。調べてきたノートを見ながらベトナム語で自己紹介を言う。
一時限目。何の授業かわからない。
みんな好き勝手にやっている。
俺も好き勝手に教えてみる。
海外では折り紙がウケるって聞いた事があったので、紙の準備と、蛙を折れるようにして、準備完了。
だけど、以前にも日本人が来たことがあるらしく、鶴の折り紙も蛙も普通の反応。
くっそーとか思って、ほかに何か・・・って思って出したのが、パソコン。
ノートパソコンを持っている家庭はすくない。
何ができる・・・って思って、付属のカメラで自分たちの姿が写るように設定。
これが大うけ!!^^
みんな寄ってたかって、自分の写る画面を見つめてはキャッキャしていた。
だけど、そのうち教師が何か怒鳴って、みんないきなり勉強モードに。
やば。俺なんか邪魔だったかな。
確かに今日はボランティアスタッフとしての訪問だから、
授業をやれとは頼まれていない。
でも、俺はベトナム語は通じないので、勉強するわけにもいかず悩む。
うーーん、うーーーん。俺はこの子たちに何がしてやれるんだろう?
悩む。
昼食の時間、子供たちのために食事を配る。
その後、なにやら昼寝の時間があるらしい。
日本の保育園みたいだ。
俺も一緒になって寝る。
だけど、なにやら面白そうな子がいたので、いきなり手品を始めたり、
ちょっとバカな事をしてみる。
メッチャ反応がいい!^^
すぐに俺を慕ってくれて、ベトナムの小学生の友達ができる。
言葉は通じなくても、俺のすることすべてに純粋に笑ってくれる。
やっぱ子供は純粋でいいね。
さっきまでこの子たちに何をしてあげよう?って考えてた。
なんだか、上から見てたんだ。
でも違った。
子供が純粋に喜んでくれるのは、自分がバカな事をして喜んでいるときだ。
「この子たちのために」する、そんな自分の枠以上のことは、あまり意味がない。
自分が対等の立場になって、自分が満足してできる事。
それが純粋に子供たちの心に響く。
何かを教えに行ったはずなのに、
俺が学ばされてしまった。
ある報告は次のブログで
ベトナム戦争
まず最初に報告何点か。
ベトナム、チャリ屋全然ありません・・・
バイク屋ばっか。おそらくチャリ作戦中止。
あと、とよってぃ。出発前にもらった、超ドデカチョコですが、ホーチミンの超絶な暑さにやられて
全溶けしました。ごめん、でもちょっと舐めたよ笑
あと、はるな。出発の直前にもらったMP3プレーヤーすげー役立ってる!
マジ感謝!
あと、はらちゃん、しょーへー、かめちゃん。チェック漏れがなければこの3人。
mixi日記書いてくれて本当にありがとう。恥ずかしいからコメントは書きません笑
でも全部読んだよー。
感謝☆★
後、一個報告あるけど、それは後日のブログにかきます~
2010.05.19
朝までたっても、ここのドミトリーは一人だった。
寂しいから~。
それにしても暑い。サウナみたいだ。
今日はベトナムの歴史を学びに行きます。
大学は休学だけど、学びの旅です。
学んだか、学んでないかは「単位数」じゃ測れないと思う。
ベトナム戦争の記録が残った、資料館を訪問。
みんなはベトナム戦争についてどれぐらい知っているんだろうか?
ちなみに俺はなんも知らなかった。
ここで全部知りました。
「超」簡単に解説
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まず、ベトナム戦争は20年間続いた戦争。
ベトナムは元々、南北に分かれてた。その二つが統一を目指して戦争を起こす。
ちなみに、その時の統一後の初代首相はホー・チ・ミンさん。
1965年にアメリカ軍が本格的にベトナム戦争にかかわるようになる。
→なぜか?→トンキン湾事件が発端。(詳しくはwikipedia)
実は、ベトナム戦争はアメリカが戦争したかったから、起こされたらしい。
元スパイが真実を語っている。
アメリカ軍は、あの有名な「枯葉剤」を戦争に使用。熱帯のジャングルを、荒地へと変えていった。
これは、戦争が長期戦になって、ベトナム人が森に潜み、アメリカ人を苦しめたため。だから森を消した。
その被害は今でも奇形児が生まれるなどして、残り続けている。
この戦争のあいだに、アメリカは785万トンの爆弾をベトナムに落とし、
7500万リットルの枯葉剤を南ベトナムの森林、農村、田畑にばらまいた。
その攻撃でベトナムの各地は廃墟と化す。
小学校から大学までの各学校2923校、病院、産院、診療所1850ヶ所、教会484ヶ所、寺、仏塔465ヶ所が全滅。
およそ300万人近くのベトナム人が死亡。
また、5万8千人以上のアメリカ兵が死亡。
===================
・・・俺は、今までは、正直こんな事いわれてもどーでもよかった。
へーそうなんだ。悲しいな。
それだけおもって、一日寝ると、すぐにそんなことは忘れてしまっていた。
今回も、そうなってしまうかもしれないのが怖い。
この資料館で俺は、かなりの悲しみを覚えた。
おそらく、今ベトナムにいるっていう環境で、この戦争が
よりリアルに感じたんだと思う。
なんで戦争をするんだ・・・
そう言って、アメリカに抗議したいくらいだった。
ワンピースでビビが「戦いを・・・やめてください」
って泣きながら言ってたシーンがふと思い浮かぶ。
なんで戦うんだ?
人は、戦わなかったら生きていけないの?
他人を不幸にしてまで、自分の幸せが得たいのか?
分からない。
一対一の喧嘩ならいいけど、関係ない人を巻き込むな。
イラク戦争だって、ビンラディンと、ブッシュの殴り合いで解決しろ。
本当にそう言いたい。
戦場にでもしない人間が命令して生き、戦場で、戦争をしたくない人間が死んでいく。
ありえない・・・
同じ人間。
もっと分かり合う方法あるはずだろ?
過ちは、犯しても二度とは起こすな。
これをこのブログに書いてどーなるってわけでもないけど、
0ではないだけ、意味がある。
不快に思った方すいません。
最近、日本の憲法9条改正とかあるけど、バカな事はやめてほしい。
日本は平和だから好きなんだ。
LOVE&PEACE
ぼったくり
夜中。
ホーチミン空港に着くと、ちょっとだけムワッとモヤっとした感じ。
ハプニング仲間はもうすでに空港から立ち去っている。
空港内でインターネットが使えたので、
ずっとインターネットを使っていると、物珍しそうに見つめオッサンがいたので話しかける。
どうやら、中国からきたらしい。
普通に、バカな事して盛り上がり、友達になった。
そんで、名前・電話番号・住所までキッチリ教えられた笑
名前は「朱玉案さん」読み方分からないから、ジョニーさんとしとく(仮)
ジョニーさんは中国の、よくわからない田舎に住んでいるらしい。
こっちに住んでいる彼女を待っているとの事だ。
それにしても陽気な人だ。
俺より精神年齢が低いんじゃなかろうか笑
とりま、横にいたこれまた中国人女性も加わりジョニーさんと朝までたどたどしい英語で語った。
友達が世界に増えていく。
朝がきて、行動するために、両替。
なんと、100元(約3000円相当)が単位変わって2600,00ドンに。
なんか一気に金持ちになった気分だ。
でも使いづらい!
ミネラルウォーターが1万5千ドンする!笑
なんだか躊躇する。
時間があるので、市内へ向かう。
ぼったくりが多いって聞いているので、内心ドキドキしている。
バスに乗り込む。なんと、30,00ドンで市内までいけるという!!!キセキ!約15円w
ちなみにタクシーは500,00ドン。
なんだか感覚が狂う。市内へ向かうと、バイクの嵐。
これは本当に圧巻。渋谷のスクランブル交差点が全部バイクのイメージ。わぉ。
市内を歩く。歩く。
昼間になってきたので日差しが強い。5月の日本からいきなり8月の日本になったようなもの。
気温は30度近い。
ヤバイ。足元がふらつく。
熱中症を恐れた俺は、即座に露店のジュースを買う。
・・・ぬるい。
真夏の浜辺で、お湯を飲んでいる感じ。よくこんな物が売れるな。
でも助かった。
ネットが使いたかったので、空港へ戻る事にした。
ホーチミンにはバイクタクシーなるものがあって、
バイクを持っている人なら誰でもなれるww
後ろ乗るか?って聞くだけww
日本でも、副業としてオススメです。笑
かなりキツかったから、運転手のじいちゃんが天使のように思える。
だけど、空港に着く前に問題が。
じいちゃん、道に迷ったらしい笑
ふざけんな。「空港分かる?」って聞いて、「もちろん」って答えたから乗ったんだ。
道を逆戻り。やっとの思いで空港に着いた。
しかし、またまた問題が。
5万ドンの約束だったはずが、じいちゃん、10万ドンを要求してくる。
そういえば、道に迷っているとき、ベトナム語でゴニョゴニョ言ってたような。
何言ってるか分からなかったから、適当に「うん、OK」と言っていた。あれか。
でも、目的地に連れて行くのが仕事なはず。
ちょっと理不尽すぎる。
別に金額は惜しくないけど、次に来た日本人にも同じことされるのが嫌だった。
「日本人バカだから、金とりまくれw」って言われるのが悔しかった。
俺は折れなかった。
5万ドンを怒り狂うじいちゃんの手におしやり、その場を足早に去った。勝った。
空港にいると、一人の青年が話しかけてきた。
インターネットなら、あっちでできるよ。電源ならここにあるからね。
何か困ったことがあったらすぐに僕に話かけてね。
優しいな~って思って、インターネットを終え、バスで市内にでようとしたとき、
またその青年が。「市内?僕が連れてってやるよ。」と。
なるほど・・・日本人を信用させてから、タクシーに乗せるのか・・・
優しさを見せて、信用させてから、客引き。商売うまいなー。
まあ悪い人じゃなさそうだし、ついていってみるか。
「いくら?」って聞いたら「5万ドン」との事。
車のタクシーなので、なんだか怪しい。
でも、また絶対それ以上は払わない作戦で行こう。
絶対ぼったくりには合わんぞ。
そう自分に言い聞かせて乗り込む。
若干、メーターの上がるスピードが早い。
まあ大丈夫だ。
契約は5万ドンだ。
メーターが15万ドンを超える。明らかにおかしい。
降りる。と言った。5万ドンを払う。
「待て、ちゃんとお金を払え、メーターを見ろ」きた。これか。巷で有名なぼったさんは。
だが、負けない。
5万ドンでいいだろ。だが、受け取らず、あっちも負けない。「ちゃんと払え」
明らかおかしいので、じゃあ、と言って、お金を払わず去ろうとしたところ、
鍵がかかって、車の後ろのドアが開かない。やばい。
そこには俺の荷物が入っている。
やられた。その瞬間、いきなり俺は焦り始めた。
「ドア、空けてください。」一瞬にして、上下関係が逆に。
なんとかしようと、お金がバックの中にある。そうウソを言って、空けてもらえた。
しかし、ついてくる。バッグを背負う。
青年「お金を払え」
その一点ばり。
いやいや、おかしいだろ!と去ろうとする、
突然青年がキレ始めて、ベトナム語で何か言い始める。
俺も何年かぶりに切れる。日本語で「ふざけんな!てめぇ!」と威嚇する。
向こうもそれを見て逆上。
立ち去ろうとする俺のバックを全体重をかけて、腕づくで引っ張られる。
それに俺も応戦。ちょっとした乱闘騒ぎになった。
正直、締め技を覚えているので、殴り合いとかになったら負けない自信があった。
でも、ずるい。バックをつかまれたら負けだ・・・。
そこには、貴重品はないにしろ、宝物のみんなからの寄せ書きが入っている。
どうしようもできない。
俺にはお金を払う手段しか残されていなかった・・・。
しぶしぶ払うと、青年はベトナム語で何かを言い放って、去っていった。
ポツんと取り残される。
お金を失った悲しみより、「俺」という人間をお金でしかみてくれてない事に悲しみを覚えた。
言葉が通じなくても、友達になれる。
ずっと信じていた、俺の信念ともいうべきものが脆くも崩れ去る。
結局世の中はお金。
信じたくなかった概念が、なぜかパニックになっている俺の頭の中で何度も聞こえてくる。
世界の人と、俺の薄い関係。金。
言葉じゃなく、俺は今、金でしかベトナム人と通じ合えてない・・・。
ビビッてなんかなかったのに、足がガクガク震えている。
言葉が通じないこの国で、日本人一人。喧嘩になって勝てるはずがない。
警察を呼んでも、ベトナム語は話せない。証拠はメーターだけだ。
こんなんが何回もあったら人間不信に陥る。
道を親切に教えてくれた欧米人が神に思えてくる。
とりあえず、偶然悪いやつに当たったんだ、と自分に言い聞かせ、街へ。
ベトナムにもバックパッカーの聖地があると聞き、早速行って見る。
何度も道に迷いながら、到着。
もう夜なので、とりあえず近くのドミに宿泊。
明日、いいベトナム人に会えますように。
会えるまで、滞在だ。
俺は、負けない。



