翌日の放課後。俺は早速図書室へやってきた…の、だが。
いつもならカウンターの中に居るはずの村上先輩はいなかった。室内を見渡してみるがそれらしい人影もない。もっとも、本棚が多くて隠れている可能性も否定できはしないのだが。
…カウンター、入ってみるか。
俺ももう図書委員なんだし、いいだろう。
 カウンターの内側は結構雑多で、色々な物が置いてあった。貸し出し管理用のPC(バーコードリーダー付き)だとか、筆立てだとか、書類が結構入った引き出しだとか。
「あ、黒崎…」
「ん…? ああ、夏目か」
夏目はこくんと頷くと、
「なんで…黒崎がそこに」
相変わらず調子の変わらない声だ
「一応俺も図書委員だ…新米だけどな」
「…意外。ずっと帰宅部だったから…どこにも入らないものかと」
「そういえば、文芸部に誘われたこともあったか」
懐かしいなぁ。
「…うん。嫉妬してる」
 真顔で言いやがった、こいつ
「女として?」
「それは…ない。」
 まるでなにか汚らわしい物を見るような冷たい目で一睨みして、
「文芸部に勧誘した身として。図書委員会にとられた」
と、苦笑しながら言った。
「じゃあ図書委員さん、この本の貸し出しをお願いします」
「えっ…」
夏目が、手に持ったハードカバーを差し出してくる。
しまった。完全に虚を突かれた。
「…なりたて?」
はい、そうです。
と言うわけにも行かず、俺は目をそらした。
「…また、後で来る。…頑張って。」
「お、おう…」
見捨てるのか、夏目よ……
 俺は深いため息をついた。
やっぱり、カウンターから出ていよう…。
村上先輩はそれから程なくしてやってきた。
 放課後。
授業から解放された学生達の喧噪はいつも通りで、少しきつくなった日差しが夏の予感を運んでくる。そろそろ衣替えの時期かもしれない。帰ったら夏服を引っ張り出してきてアイロンを掛けようなどと考えつつ、いつも通り図書室へ向かった。
 カウンターの中にはいつも通り村上先輩がいた。ホームルームが終わってからすぐに着たというのに一体この人はいつからここにいるんだろうか。
「村上先輩」
「あ…黒崎、君。こんにちは」
村上先輩はふっと目をそらしてしまった。何故だ。
「今日はちょっと渡したい物があって、ですね」
「渡したい物…?」
「ええ、これです」
おずおずと差し出された手にその紙を渡す。
「これは…『委員会入会届』? それに、図書委員…?」
「ええ、先輩のお力になれればと」
 なんたって、俺の部屋で寝てしまうぐらい疲れてたようだからな。
「お気持ちはありがたいですけど…無理はしないで良いんですよ? 人手も足りてますし…黒崎君は、もっと、自分の時間を大切にしても」
「いえ、俺なら大丈夫です。先輩のためになれればそれで。」
「わ、私のため…」
ここは多少強引にでも認めてもらう方が先決だ。そうしないとこの人はたぶん一人で抱え込もうとするから。
「ええ、よろしくお願いします。」
「わ、分かりました…えっと…」
 結局村上先輩は入会届をカウンター備え付けの引き出しに仕舞って、
「顧問の先生と、委員長は私だから良いとして…えっと、先生に話をしてからになるので、明日また、来てください。それまでは私が預かっておきますね」
「はい。分かりました。では、また明日。」
そう言って俺は図書室を後にした。
…あ、あのまま勉強していっても良かったか
 駅から聖櫻学園に向かう道と、俺の家から学園に向かう道は途中で合流する。だから知り合いと遭遇する確率が無いわけでは無い。だが俺の学校へ行く時間は結構早めで、特に遅刻寸前に来ることが多い三上とはほとんど会うことが無い。
 そのはずなのに、三上はその駅と学校への分かれ道…もとい、電車通学組と俺の通学路が合流するところで待ち構えていた。
三上は「明日カメラもってこい。絶対だ。じゃなければ校舎裏な」という半分脅しのようなメール(もちろん、「忘れてったのはお前だろうがアホ」と送り返しておいた)を送りつけてきたのだが、正直通学路で待っているとは思わなかった。
「おい、黒崎。俺のカメラはどこだ」
「なんだ、まるで俺が悪いことをしたみたいじゃないか。お前が勝手に忘れていったんだろう、ほれ」
俺はしっかりもってきていたカメラバッグを差し出した。
「おお…神よ…感謝します…!」
「こんなとこで跪くなエセクリスチャン」
「だってよぉ…」
うわっ、こいつ目に涙溜めてるよそんなにカメラが大事か
「バイトして買ったんだぜぇ…念願の高性能一眼レフ…」
「あーはいはい…。あ~、それとすまん、本持ってくるの忘れたわ」
「マジか…今日の部活はどうやって過ごせば良いんだ…」
そんなこんな付き合っているうちに。
「あらぁ~、君はー、新入部員の…」
「はいっ! 三上です!」
 元気だなー、こいつ。
角から現れた二人組の女生徒、もとい村上先輩と望月先輩に声を掛けられた瞬間、三上はそれまでの情けない態度から一転、爽やかスマイルを放っていた。自分の欲望に素直なのは良いことだと思うよ、うん。
「お、おはようごさいます、黒崎君…」
「おはようございます、村上先輩。」
望月先輩の後ろに隠れるようにしていた村上先輩と挨拶を交わす。彼女も三上の変わりようには苦笑しているようだった。
「そうだ、三上君。カメラ見せてもらっても良いかしら~?」
「えっ、あっ、はいもちろんです!」
望月先輩と三上はカメラのことで話し始めてしまい、必然的に俺と村上先輩は残される形となった。
「二人とも、熱心ですね」
俺はカメラをいじりながら構図がどうだの被写体の魅力がどうだのと真剣に語る二人を見ながらつぶやいた。
「…ええ、本当に。」
俺はその後に何か続くのかと思ってしばらく黙っていたが、村上先輩はそれ以上を口にすることはなかった。