大丈夫だから。


って、言葉は好きくない。


むかし、よく使ってた言葉がある。


「過去を否定するのは、今の自分を否定すること。」


「予定は未定の予定なんです。」



この2つは、事有るごとに

ブログや放送の時に使ってきました。


でも、

この言葉や、

本当の事は、

大切な人には言ったことが無い。


大切な人って、その定義も難しいけどねw



どことなく、気恥かしい感じ。


現実のマスターは、よくテンパって


全然落ち着いた人間でもない。


無口で全然しゃべらない。


根暗って言われてもおかしくないかな。


でも、


自分でもわかってるのが


ネットと現実


この2つの世界で

性格を変えてるつもりはない。


勿論、ニコ生やるぐらい漫画だってアニメだって見てる。


でも、それを隠してる部分もある。


使い分けしてるのかよくわかってない。



でも、無口なマスターを、「俺」と認識してる

人のほうが多い。


ヲタク気質な部分を隠すのは


今の一般からしたら普通なのかもしれない。



話しててよくわからなくなってきたw





要するにだ、

無口なマスター、と、もう1人のマスターの

感情だったり、そこらへんが

2つの間で大きくギャップがある。




もう片方を知られるのが怖い。

そうだと思う。



何が困るって、


これから進もうとしてる道が、

無口じゃない方のマスターがやりたい事。

それが、今までの関係や、態度でいられるかってところ。



まあ、


なるようにしかならない。





ぐちゃぐちゃだ。

書きたい事もかけない様じゃ

話せるはずもないか。





最近、こんなブログばっかりだ。


自分がキモい。


って書いてる俺がうざいし、消えて欲しい。


この無限の繰り返し。


たまになる。


最近は頻繁だから、ちょいきおつけないとね。


それじゃあ、行ってきます。
大切な事って、言えない。



お久し振りです、マスターです。

大事な事は自分の中では理解してるものだけど。

それを、自分以外の人に話すとなると、なかなか難しい。



大切な人には絶対に話しておかなくちゃいけない事。

でも、一番話しにくい相手でもある。



結局は、話す内容が相手に理解してもらえるかが不安。

だから、話す人、相談する人は、

理解してくれる人

黙って聞いてくれる人

背中を押してくれる人

そう言う人に話してしまう。

でも、

そう思ってた人に、否定の言葉じゃないけど

声のトーンや声のいろというのかな

それで遠回しに否定の感触があると、


結構、ツライ。


相談出来る相手ってのは、

それなりに信頼してるものだと思う。


だから、顔が見えなくても、声でわかってしまう。


それが悲しい。


曖昧な同情、

隠れ切れてない否定、

そんな存在でしかないのかもしれない。


きっとそれぐらいの希薄さ。





でもそろそろ、話さないといけないかもしれない。


この先、きっと自分の生活さえ犠牲にする道を進もうとするなら

決断して、進まないと。


ありがとう、また、ね。


って言うのかもしれない。


これからも、ずっと、よろしく、ね。



どっちの言葉を、

どっちの言葉が、

俺を待ってるのかな。



きっと、後悔と虚無感の

2つの感情は一緒にいてくれるのかな。





昔、恩師に、言われた言葉。

「がむしゃらに、がむしゃらに、がむしゃらに。これからも、がむしゃらに。お前は大丈夫だよ」



笑うしかないよ、こんな言葉でも力になる。


俺は、歩いてみます。


きっと大変だけどねw


じゃあ、行ってきます。