もう待ち合わせの時間まであと22分、
微妙に待ち合わせ時間に間に合うか合わないか・・。
近道で、混雑しない道を選んで先方に向かうカーナビをセットし直す・・。
お客さんを待たせていることが、あたまをよぎる。
「ああ、慌ただしい・・」とため息交じりに出たセリフ・・。
そんななか車の中で移動中にふとつけたFM局から流れてきたのがこの曲。
「ああ、さだまさしか・・。」いつものクサい節回しとまったりしたテンポで・・
と何気なく聞き流していた。
「やはり僕たちの国は残念だけれど
何か大切な処で道を間違えたようですね」
(「風に立つライオン」さだまさし)
という歌詞の一言を耳にした時「ガーン」
脳天に一撃!をうけた様な気がした・・。
その途端ふと我にかえると何故かは
解らないが涙が溢れていた。
何だかかつて忘れていた熱いものが沸々とこみあげてきて、
突き上げてくるようにジワーッと。
自分も23才の時、青年海外協力隊に応募した記憶がよみがえる。
希望は東南アジアの発展途上国で日本語教師を目指していた。
熱き思いのあのころに一瞬迷い込んだように。
この歌に出てくる人物は求道士だ・・
しかもかなりストイックな。
何もそこまで思いつめなくっても・・
でもわかる自分もそこに行きたかった
到達したい自分がいる・・。
歌詞から
この偉大な自然の中で病と向かい合えば
神様についてヒトについて考えるものですね
やはり僕たちの国は残念だけれども
何か大切な処で道を間違えたようですね・・
去年のクリスマスは国境近くの村で過ごしました
こんな処にもサンタクロースはやって来ます
去年は僕でした
闇の中ではじける彼らの祈りと激しいリズム
南十字星 満点の星 そして天の川
診療所に集まる人々は病気だけれど
少なくとも心は僕より健康なのですよ
僕はやはり来てよかったと思っています
辛くないと言えば嘘になるけどしあわせです
「風に立つライオン」(かぜにたつライオン)は、
1987年11月10日に12インチシングル盤で、
1988年3月25日にCDシングル盤でリリースされたさだまさしのシングル曲。
実在の医師である柴田紘一郎(元長崎大学熱帯医学研究所)の
エピソードに心動かされ、さだ自身が作詞・作詞作曲をした作品。
ぜひ、Youtubeで要チェックして音楽と画像を見てください。
さだまさし×佐渡裕 「風に立つライオン」
こんにちは 黒多です。
あなたはバーゲンセールは好きですか?
好きかどうかは行ってみないと解らないので、
妻の誘いがあり行ってみることにしました。
仕事が打ち合わせがキャンセルになり
時間ができたので、本の整理や片付けなどでも
しようかと考えていた矢先、
空いているお抱え「運転手」をうまく利用しようと
妻の思惑通りだったわけです。
売り場は休日に行ったことのあるわが家から
そう遠くない、車で15分ぐらいのところにある
ショッピングセンターです。
駐車場の前にはやくもすでに車の列が・・・。^^;
車の行列に並ぶこと家から出てきてからの
時間より掛かりながらもやっとのことで
中に入ることができ、駐車しました。
車を降りるや否や、こころなしか
妻の歩調のテンポがやけに速いような気が
したのもつかの間、実際しっかり早いのが
実証されたのが、周りのライバル?が加わって
くるとますます速さが加速していきます・・。
カツカツ、コツコツ、カツカツ、コツコツ・・・・
ダダダダ・・・ダダダダダダダダァ~~~~ッ!!!
ドドドド・・・ドドドドドドドドドドドドドド!!!!!
こうなってくるともはや、お客ではありません・・。
その時、脳裏をかすめたのは、そう
「アスリート!!!!!!!!!ッ」
そうです。
・・・・・・もはやアスリート。
数多くの世界各国から集ったアスリートたちなのです。
しかもそれは精鋭ぞろいなわけです。
次号へつづく
今日はここまでにします。
黒多 昭 拝

あなたはバーゲンセールは好きですか?
好きかどうかは行ってみないと解らないので、
妻の誘いがあり行ってみることにしました。
仕事が打ち合わせがキャンセルになり
時間ができたので、本の整理や片付けなどでも
しようかと考えていた矢先、
空いているお抱え「運転手」をうまく利用しようと
妻の思惑通りだったわけです。
売り場は休日に行ったことのあるわが家から
そう遠くない、車で15分ぐらいのところにある
ショッピングセンターです。
駐車場の前にはやくもすでに車の列が・・・。^^;
車の行列に並ぶこと家から出てきてからの
時間より掛かりながらもやっとのことで
中に入ることができ、駐車しました。
車を降りるや否や、こころなしか
妻の歩調のテンポがやけに速いような気が
したのもつかの間、実際しっかり早いのが
実証されたのが、周りのライバル?が加わって
くるとますます速さが加速していきます・・。
カツカツ、コツコツ、カツカツ、コツコツ・・・・
ダダダダ・・・ダダダダダダダダァ~~~~ッ!!!
ドドドド・・・ドドドドドドドドドドドドドド!!!!!
こうなってくるともはや、お客ではありません・・。
その時、脳裏をかすめたのは、そう
「アスリート!!!!!!!!!ッ」
そうです。
・・・・・・もはやアスリート。
数多くの世界各国から集ったアスリートたちなのです。
しかもそれは精鋭ぞろいなわけです。
次号へつづく
今日はここまでにします。
黒多 昭 拝



こんにちは 黒多です。
先日はこのブログで「嫌なものはイヤだ!」という話をしました。
覚えていますか・・?
そのなかで子供の頃「小柄だった私は運動が大の苦手でした」と書きました。
それに「特にボールを使うものは苦手というより
嫌いで体育の時間は嫌で、嫌で仕方がありませんでした」とも書きました。
私自身の小学校の頃のネガティブな思い出といえば・・・。
このできごと(例のドッジボールの事件)がワースト3に
入るぐらい心の中に刻み込まれた古い嫌な記憶のワンシーンと
してしっかりと残っている・・・。
これは過去の私にとって、紛れもない事実であり
動かしがたい過去でもあります。
でもちょっとここで、このことについて
立ち止まって考えてみようと思います。
そもそも
あのドッチボールの「嫌い」の感情はどこからきたのでしょうか?
そして、何故嫌いになって、イヤになったのでしょうか?
その時の自分に戻ってじっくりと思いだしてみますと
その時の身体の小さな私にっとってドッチボールとは
大きな恐怖でしかありませんでした。「怖い・・」と
強く感じたのを思い出します。
多くの子供たちであればドッチボールの楽しさや
ゲームやスポーツとしておもしろさが
「怖さ」より勝っていくのでしょうが
私の場合は「怖さ」に勝っていくものがなかった。
そしてその結果
「ドッヂボールは怖いからイヤだ」という
自分で嫌いになる選択肢を自分で選んだのです。
言い換えますと嫌いになるように自分で決めたんです。
そうすることによってドッヂボールをしなくていいんですから、
そういう理由付けをするために自分でそう決めたんですね。
そして、過去の自分からずーと今に戻ってきて
いまの自分に戻りまして・・。
ドッヂボールを見るとふとあの嫌な感覚がよみがえり
頭をよぎるものの、よくよく考えてみると
今もドッヂボールが嫌いで嫌いでしょうがないのかどうか
と言いますと、そんなに「嫌でもない」んですね、
これが・・・。
今であれば、自分もドッチボールを
「機会があればやってもいい」に変わっていますね・・。
「ドッチボールは怖いから嫌いだ
が・・
=球技は苦手だ
で・・
=運動は苦手だ
と・・
なってしまっていた思考の過程が見えてきました。
だから改めてこの過去に縛られるのは
これ以上必要はないと思うのです。
何が言いたいかというと
過去に嫌な経験をすると
「これはこんなもんだ」
とか
「俺には〇○だから・・」
とくに自分がうまくいかなかった経験とか失敗を
決めつける傾向が強い
ということです。
決めつけるからもうやろうともしないし
試してみない。
結構これってチャンスを逃がしてしまっていること
おびただしくないですかね・・。
今日はここまでにします。
では、また・・。
黒多 昭 拝