映画@精神分析 『ボーン・アイデンティティー』の「色」とアイデンティティー
引き続き、映画『ボーン・アイデンティティー』について精神分析的、心理学的に考えます。※ 作品の詳細部分にも触れます。ほぼネタバレしてます。未視聴の方はお気をつけください。ボーン・アイデンティティー 【プレミアム・ベスト・コレクション】 [DVD]/マット・デイモン,クライヴ・オーウェン,ブライアン・コックス ¥1,800 Amazon.co.jp ボーン・アイデンティティー [Blu-ray]/マット・デイモン,フランカ・ポテンテ,クリス・クーパー ¥1,980 Amazon.co.jp 『ボーン・アイデンティティー』序盤 ~不安と孤独~『ボーン・アイデンティティー』、スタートは海の上です。ざっぱんざっぱんと波に揺れる漁船。野卑なオトコたちがカードゲームに興じています。その漁船に助け上げられたボーン。記憶喪失であることに気付き、うす暗い漁船から寂しげな港町へと降り立ちます。夜の電車の窓ガラスに映るボーンの表情は、孤独と不安を強烈に、でもわざとらしくなく表現しています。スイスの公園でホームレスのようにベンチで横になっていたボーンは、注意してきた警官ふたりを軽々とぶっ飛ばします。「自分は何者なんだ?!」と不安になる表情が秀逸です。徐々に、寂しげな雰囲気の場所から人の多い場所へとボーンは移っていきます。スイスのアメリカ領事館で派手なアクションを見せ(つかみはオッケーですね)、マリーと知り合い、ふたりで逃避行に出発。スイスからパリ、どんどん都会へ・・・。ミニの助手席で、初めてゆっくり眠るボーンの安堵感は、観ているこちらにも伝わってきます。マリーとの運命的なつながりも感じられます。次々に変わる舞台ですが、決して慌ただしさは見受けられません。ボーンとマリーは、雪の降り積もる、陰鬱な冬のヨーロッパを移動していきます。それゆえ、画面はどうしても白と黒、そして灰色が基調になってしまうのですが、小気味良いアクションやカーチェイス、そしてボーンとマリーのやりとりが十分に「色」を出しています。ボーンが初めて笑ったのは、たぶん、マリーとのホテルでの一夜が明けた朝だと思います。夜には、マリーの髪を染め、キスを交わし、人間的なふれあいがありました。翌朝、マリーが起きる前にボーンは指紋などしっかりと痕跡を消し終えていました。起きると、すでに出発の準備ができているボーンに、マリーは言います。「床を歩いてもいい? 足跡がついちゃうからダメ?」ニヤリとしているマリー。彼女のジョークにボーンが思わず笑みをもらします。この笑顔には救われた気がしました。このシーン、すごくホッとしたのを憶えています。今考えると、「ボーンがマリーに救われたのだな」と感じたのだと思います。温かい気持ちになりました。どんなにたいへんな状況でも、凍てついた心を溶かすのは、やはり他のだれかの心なんだ・・・そんな気がしました。マリーには「色気」は少ない女優さんなのですけど、男気というか、たくましさやチャレンジ精神のほうが色気よりもずっと伝わってきます。へんに色気で惹きつける女優さんよりも、『ボーン・アイデンティティー』には合っていたように思います。「ハンドルを握る」のは、ボーンでなくマリースイスからパリへ移動する際、ボーンではなくマリーがミニを運転していたのも、アイデンティティーの確立という視点から見ると面白いと思います。「ハンドルを握る」という表現は、たまに比喩で使われるとおり、「主導権を握る」という意味もあらわします。わたしは、危険な逃避行になるのだから、いくら疲れているとはいえボーンが運転するのかと思っていました。けれども、マリーに運転させたことに、意味を感じました。ボーンは知り合ったばかりのマリーの車の助手席でぐっすり眠ります。車好きの男性は、愛車を「オレの女」と表現したりします。密室になる車内は、母の胎内とも共通します。ハンドルを預けるということは、自分の運命を託したのといっしょ。途中、マリーが、眠っているボーンの顔を盗み見るシーンでは、彼を怪しむ気持ちはぬぐいきれないのが伝わってきましたが、母性的なものを感じました。他にも、スパイでもなんでもないマリーに情報収集を手伝ってもらったり、ボーンはマリーにたくさん頼り、甘えています。マリーは、ボーンが記憶を失ってから初めて個人的に接した人でした。生まれて初めて見た人のことを「母」と思いこむ「刷り込み」のように、マリーは、ボーンの「母」役割を果たしていたのかもしれません。マリーが、男に守られることをメインとしたセクシャルな「女」ではなく、彼を見捨てないたくましい女性、という設定も非常にフィットします。そう考えると、『ボーン・アイデンティティー』内に露骨なセックスシーンがないのもなんとなく納得できます。ボーンの世界に色がつく ~アイデンティティーの獲得~ラストは、地中海でしょうか、温暖そうな海に囲まれた島らしき場所に、やはり色鮮やかなバイクの店を営むマリーの元へ、ボーンがやってくるところで終わります。初めて、ボーンの居る場所に「色」がついたのでした。「自分がない」状態=無色 から、「自分を見出した」状態=有色 へ。彼は記憶はまだ失われたままだけれども、「母」の力を借りて、「自分がだれなのか」の質問に答えを出すためのアイデンティティーの確立へと確実に歩みを進めているように感じました。 雨宮えむ