こんにちは。
リバース・フロウの清原です。
ここ数日、梅雨らしい湿気の多い日が続いていますね。
全国的に緊急事態は解除されましたが、「緊急事態前に戻ることはできない」
という認識を、私たちはもつ必要があると思っています。
そんな新たな生活様式を試みるなか、私自身があらためて気づかされたことについて、今回はつづっていきたいと思います。
この新生活様式で手に入れたいくつかのことがある、と先日お話ししましたが、
その中に、「料理のレパートリーが増えた」という成果もありました。
しかし、それは一言でいえば、私の「自己満」の生活様式かもしれない、と気づかされた一件についてです。
自粛をいいことに仕事ばかりしている自分が、いかにも能がないなと思い、
家族にとって少しは役に立とうと、いくつかの新たな料理のレパートリーに挑戦をしました。
いくつかは美味くできました。家族の評判もそこそこです。
しかし、いくつかは、自分でも「ぜんぜん美味くない」のがわかるのです。
美味くない料理というのは、いったん出来上がってしまうと、あとで必死に味付けを変えようとしても、やはり美味くないままです。
その美味くない料理を、息子たちは「ふつーにうまい」と言いながら食べるのですが、少し手を付けた後に、昼ご飯の残りを食べ始めました。
明らかに私に気を遣ってくれているのが伝わり、よけいに落ち込んでしまいました。
「人間、失敗からしか学べない」と、いつも私は言っています。
ですから、ここから学んだことを謙虚に挙げていこうと思います。
まず1つめ。
「マニュアルどおりにやることの大切さ」
「勘」とか「感覚」というのは、ある程度経験を積まないと養うことができません。
これはもちろん、仕事でも同じですね。
勝手に我流を通す人がいますが、うまくいくのは、「偶然」か、「よほどの天才」か、です。
天才は、世の中の0.5%という確率を見れば、ほとんどの場合、
「たまたまうまくいった」のを自分の実力だと信じているケースが多いのがわかります。
守破離とはよく言ったもので、感覚に自信がつくまでは、ひたすら「守」を通すことの大切さを、痛感しました。
そして2つめ。
「全体を俯瞰することと、段取りの大切さ」
マニュアルどおりに料理を進めても、突然「え?こんな下ごしらえ、どこに書いてあったっけ?」ということに何度も出くわします。
これはつまり、マニュアルに取りかかる前に、すべて最後まで読み切ってから、成果のイメージをすること。
そしてようやく、実際にことに取り掛かる、ということが必要だったと気づいたわけです。
最後に、3つめ。
「妻の打率が”10割”であることのスゴさ」
これが私にとっては最大の驚きと気づきでした。
今まで妻の料理を、一度も「美味くない」と思ったことがなく(むしろ、毎回美味い)、
それだけでも十分であるのにかかわらず、
その美味さを、ムラなく「毎日2~3食、ひたすら20年近く作り続けている」ことに、えも言われぬ畏敬の念を覚えたのです。
「打率10割 20年間」という驚異です。達成が難しい、とかいうレベルではありません。
世の中の母親という存在に、深い感謝と尊敬の念が沸き上がってきました。
思えばこの外出自粛期間というのは、私に、人生にとって大切なことを気づかせてくれた期間でもありました。
むろんこれまでも、「自分はただ仕事をして、家族を食べさせていれば良いんだ」という考えは持っていませんでしたが、
もう少し地に足のついたところから、今の自分を見直すおおきなきっかけを、この期間は私に与えてくれたと、ひとり感慨に浸っています。
こうして得た経験は、私にとってかけがえのないものとなりそうです。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
何かを強く欲する前に、
現にそれを所有する人がどれだけ幸福かを
確かめておく必要がある。
引用元:料理の失敗を重ねて学んだこと
リバース・フロウの清原です。
ここ数日、梅雨らしい湿気の多い日が続いていますね。
全国的に緊急事態は解除されましたが、「緊急事態前に戻ることはできない」
という認識を、私たちはもつ必要があると思っています。
そんな新たな生活様式を試みるなか、私自身があらためて気づかされたことについて、今回はつづっていきたいと思います。
この新生活様式で手に入れたいくつかのことがある、と先日お話ししましたが、
その中に、「料理のレパートリーが増えた」という成果もありました。
しかし、それは一言でいえば、私の「自己満」の生活様式かもしれない、と気づかされた一件についてです。
自粛をいいことに仕事ばかりしている自分が、いかにも能がないなと思い、
家族にとって少しは役に立とうと、いくつかの新たな料理のレパートリーに挑戦をしました。
いくつかは美味くできました。家族の評判もそこそこです。
しかし、いくつかは、自分でも「ぜんぜん美味くない」のがわかるのです。
美味くない料理というのは、いったん出来上がってしまうと、あとで必死に味付けを変えようとしても、やはり美味くないままです。
その美味くない料理を、息子たちは「ふつーにうまい」と言いながら食べるのですが、少し手を付けた後に、昼ご飯の残りを食べ始めました。
明らかに私に気を遣ってくれているのが伝わり、よけいに落ち込んでしまいました。
「人間、失敗からしか学べない」と、いつも私は言っています。
ですから、ここから学んだことを謙虚に挙げていこうと思います。
まず1つめ。
「マニュアルどおりにやることの大切さ」
「勘」とか「感覚」というのは、ある程度経験を積まないと養うことができません。
これはもちろん、仕事でも同じですね。
勝手に我流を通す人がいますが、うまくいくのは、「偶然」か、「よほどの天才」か、です。
天才は、世の中の0.5%という確率を見れば、ほとんどの場合、
「たまたまうまくいった」のを自分の実力だと信じているケースが多いのがわかります。
守破離とはよく言ったもので、感覚に自信がつくまでは、ひたすら「守」を通すことの大切さを、痛感しました。
そして2つめ。
「全体を俯瞰することと、段取りの大切さ」
マニュアルどおりに料理を進めても、突然「え?こんな下ごしらえ、どこに書いてあったっけ?」ということに何度も出くわします。
これはつまり、マニュアルに取りかかる前に、すべて最後まで読み切ってから、成果のイメージをすること。
そしてようやく、実際にことに取り掛かる、ということが必要だったと気づいたわけです。
最後に、3つめ。
「妻の打率が”10割”であることのスゴさ」
これが私にとっては最大の驚きと気づきでした。
今まで妻の料理を、一度も「美味くない」と思ったことがなく(むしろ、毎回美味い)、
それだけでも十分であるのにかかわらず、
その美味さを、ムラなく「毎日2~3食、ひたすら20年近く作り続けている」ことに、えも言われぬ畏敬の念を覚えたのです。
「打率10割 20年間」という驚異です。達成が難しい、とかいうレベルではありません。
世の中の母親という存在に、深い感謝と尊敬の念が沸き上がってきました。
思えばこの外出自粛期間というのは、私に、人生にとって大切なことを気づかせてくれた期間でもありました。
むろんこれまでも、「自分はただ仕事をして、家族を食べさせていれば良いんだ」という考えは持っていませんでしたが、
もう少し地に足のついたところから、今の自分を見直すおおきなきっかけを、この期間は私に与えてくれたと、ひとり感慨に浸っています。
こうして得た経験は、私にとってかけがえのないものとなりそうです。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
何かを強く欲する前に、
現にそれを所有する人がどれだけ幸福かを
確かめておく必要がある。
引用元:料理の失敗を重ねて学んだこと