こんにちは。
台風10号の影響により被災された方々に、謹んでお見舞い申し上げます。
さて、今回は早々に本題に入りたいと思います。
まずは、質問です。
皆さんは、人から評価をされることは好きですか?
私は嫌いです。
嫌いですが、それと裏腹に、評価をありがたく受け取るようにしています。
今回は、そんなお話です。
当社は、組織風土を図るために、クライアント企業様でサーベイ(多面評価)を実施することがあります。
その組織について、「どれくらい人と人との人間関係が育まれているか」が、サーベイによってかなり明らかになります。
サーベイの結果を見たとき、大体の人は、
「わかってはいたが、これほどひどいとは」
「思っていたより、関係性が良好でよかった」
「自分が取り組むべき課題が見えてきた」
といった反応を見せることが多いですが、
なかには、このような反応をする人も少なくありません。
「こんな結果を見せられても、自分は変わるつもりはない」
「だいたい誰がサーベイに答えたか、想像がつく」
「自分は、周りの人に恵まれてこなかった。この結果はそんな環境のせいだ」
「自分はもうすぐ定年退職だ。今さら何を見せられても新たに始めるつもりはない」
といったものなど、など…
サーベイというのは、ある意味で残酷な一面を持っています。
これまでずっと隠れていた課題、
見て見ぬふりをして済んでいた課題、
などが、浮き彫りになってしまうこともあるからです。
じつは、私はクライアントにサーベイを提案するとき、いつも「この方法がぜったい正しい!」と確信して提案しているわけではありません。
実際は、サーベイを導入するまでに、その企業の風土や雰囲気をかなりじっくり理解するところから取り組みます。
なぜなら、私も会社員だった時代、何度も多面評価を受けましたが、一度たりとも気分の良い思いをしなかったからです。
良かれと思ってやってきたことが、否定された気分になったことも多々あります。
私だけでなく、世の中、みずから喜んで周りから評価を受けようとする人は、非常にレアだとすら思っています。
ですから、もし私が会社員時代にずっと良い評価を受け続けたのであれば、これほどクライアントに対してサーベイ実施を慎重にやっていないと思います。
ではここから、周りから評価を受けてなかば自暴自棄になったり、必要以上に凹んだり傷ついている社員に対し、
リーダーである皆さまができることお伝えします。
まずは、この類の評価をするにあたって前提条件があります。
言われなくても、わかっている方がほとんどだと思います。
ところが世の中には、サーベイをやったまま、結果だけ本人に突き付けて、おしまい。とする会社が、一定割合で存在します。
信じられないですが、本当の話です。
何のためのサーベイか。その結果をどう扱うのか。
この共有すらなされないまま、評価の結果だけ本人に突きつける。
評価というのは、される側、する側ともに、一定のストレスを感じます。
する側は、「この人にもっと良くなってほしい」と期待すると同時に「自分が答えたと本人にわかってしまったら、どうしよう」と慎重になる。
一方の、される側は、「痛いところをいちいち突かれるのは面白くない」と嫌がる。
こうした心理が働く現場のことをまずは理解する必要があります。
理解できれば、当然ですが評価の結果については、慎重にならざるを得ません。
ここまでが前提条件です。
ではここから、先ほどのように、結果に対して前向きにとらえられず、
自暴自棄になったり、必要以上に凹んだり傷ついたりした人たちには、どう対応すれば良いのか、ポイントで解説します。
思うに、組織の「外」で結婚や出産など、さまざまなライフイベントや責任を経験する女性に比べ、
組織の「中」、つまり「人事」という基準をメインに評価を受けてきた男性というのは、それだけ想定外の刺激に対して耐性が低いのだと思います。
それだけ男性はナイーブにできているのでしょう。
「評価を受けた部下が無気力になって、困ってるんです」
という相談は、たいてい男性社員のことを言っています。
あくまで理屈ですが、数々のサーベイを浴びてきた私の本音を言えば、
みずからがやってきたことがこうして結果となって表れたのを、否定するなんて、滑稽すぎる。
と、いつも口から出そうになりますが、もちろん口には出しません。
あくまで理屈だからです。
例えば、毎晩好きなだけお酒を飲み、ドカ食いを続けてきた人が、ある日ふと思い立って体重計に乗る。
当たり前ですが、以前より体重は増えています。
その事実を目の当たりにしながら、「俺は悪くない。悪いのは体重計だ」と言いますか?
サーベイの泣き所というのは、確かにあり、それは
評価する側が一時的な感情的で評価する、という場合もあり、そういう意味では信ぴょう性は100%ではありません。
しかしながら、俯瞰した見方をすれば、
それすら自分の招いた結果、とも言えます。
そういう視点からもう一度考えると、
自分の立ち居振る舞いを指摘されて、無気力になるとか、自暴自棄になるとか…
臭い物に蓋をしてきたツケがきたのです。
自分と向き合うことから逃げないオトナであったほしいものです。
ところが現実は、そうはいっても傷ついている人に対して、それほどドラスティックな言い方はできません。
やはり人間ですから、「つらい思い」はしているわけです。
頭ごなしに、「そんな稚拙な態度をとるから、こんな結果しか出てこないだ」などとは言ってはいけません。
「たしかに、結果を突きつけられるのは、つらいね」
と本人の状況を理解し、まずはそれを表明してください。
まず何より、本人の気持ちが落ち着かないことには、次どうするかなどとは考えられません。
そして、結果を突きつけられたばかりの状態では、なかなか理性的な振る舞いはできません。
つい意地をはったり、悪態をついたり、しょげたりするわけです。
ですから、自分が出した「結果」と、よくよく向き合うための、時間的猶予を与えてほしいのです。
さらに、重要なこと。
それは、なぜその人が自暴自棄になったり、必要以上に凹んだりしているか、ということに目を向けましょう。
たいていの理由はこうです。
「私は、人格を否定された」と思うからです。
大切なのは、それをキッパリ否定してあげてほしい、ということです。
人格を否定されたら、ひとたまりもありません。
追い込まれ、まさに打つ手なしです。
周りからの評価というのは、あくまで「言動の調整」のためにあるものなのです。
つまり、「いかに行動を調整すればよいのか」「いかに言葉を調整すればよいのか」が問われているのです。
もっと具体的に伝えるならば、
「今まで身につけてこなかったスキルを身につける」ということまで落としてほしいのです。
スキルを身につけるのではあれば、自分の性格や人柄を変えるという、雲をつかむようなイメージではなくなります。
傾聴の仕方を身につける。
仕事のスケジュールの立て方を見直す。
読みやすいメール文章の書き方を身につける。
などなど。これらはみな、スキルです。
いかがでしょうか。
評価というのは、する側される側、双方がストレスを感じるものです。
しかし、ダイエットでいえば、「まずは体重計に乗る」時点を指しています。
体重計に乗ってこそ、今の自分は何キロ痩せないといけないのかが、具体的に見えるわけです。
まずは、事実を受け止めることについて、頭ごなしでなく、共感的に寄り添い、そっと自分を向き合わせるような寄り添い方をしてあげてほしいと思います。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
引用元:評価で凹んでいる人のケア
台風10号の影響により被災された方々に、謹んでお見舞い申し上げます。
さて、今回は早々に本題に入りたいと思います。
まずは、質問です。
皆さんは、人から評価をされることは好きですか?
私は嫌いです。
嫌いですが、それと裏腹に、評価をありがたく受け取るようにしています。
今回は、そんなお話です。
当社は、組織風土を図るために、クライアント企業様でサーベイ(多面評価)を実施することがあります。
その組織について、「どれくらい人と人との人間関係が育まれているか」が、サーベイによってかなり明らかになります。
サーベイの結果を見たとき、大体の人は、
「わかってはいたが、これほどひどいとは」
「思っていたより、関係性が良好でよかった」
「自分が取り組むべき課題が見えてきた」
といった反応を見せることが多いですが、
なかには、このような反応をする人も少なくありません。
「こんな結果を見せられても、自分は変わるつもりはない」
「だいたい誰がサーベイに答えたか、想像がつく」
「自分は、周りの人に恵まれてこなかった。この結果はそんな環境のせいだ」
「自分はもうすぐ定年退職だ。今さら何を見せられても新たに始めるつもりはない」
といったものなど、など…
サーベイというのは、ある意味で残酷な一面を持っています。
これまでずっと隠れていた課題、
見て見ぬふりをして済んでいた課題、
などが、浮き彫りになってしまうこともあるからです。
じつは、私はクライアントにサーベイを提案するとき、いつも「この方法がぜったい正しい!」と確信して提案しているわけではありません。
実際は、サーベイを導入するまでに、その企業の風土や雰囲気をかなりじっくり理解するところから取り組みます。
なぜなら、私も会社員だった時代、何度も多面評価を受けましたが、一度たりとも気分の良い思いをしなかったからです。
良かれと思ってやってきたことが、否定された気分になったことも多々あります。
私だけでなく、世の中、みずから喜んで周りから評価を受けようとする人は、非常にレアだとすら思っています。
ですから、もし私が会社員時代にずっと良い評価を受け続けたのであれば、これほどクライアントに対してサーベイ実施を慎重にやっていないと思います。
しかし、周りから評価されることは、たしかに「嫌な気分がする」ことですが、
同時に、「取り組むべきことが明らかになる」ことは、
その嫌な気分を上回ってお釣りがくるほど、メリットがあります。
ではここから、周りから評価を受けてなかば自暴自棄になったり、必要以上に凹んだり傷ついている社員に対し、
リーダーである皆さまができることお伝えします。
まずは、この類の評価をするにあたって前提条件があります。
<評価をするときの前提条件>
評価はフォローアップが必須
言われなくても、わかっている方がほとんどだと思います。
ところが世の中には、サーベイをやったまま、結果だけ本人に突き付けて、おしまい。とする会社が、一定割合で存在します。
信じられないですが、本当の話です。
何のためのサーベイか。その結果をどう扱うのか。
この共有すらなされないまま、評価の結果だけ本人に突きつける。
評価というのは、される側、する側ともに、一定のストレスを感じます。
する側は、「この人にもっと良くなってほしい」と期待すると同時に「自分が答えたと本人にわかってしまったら、どうしよう」と慎重になる。
一方の、される側は、「痛いところをいちいち突かれるのは面白くない」と嫌がる。
こうした心理が働く現場のことをまずは理解する必要があります。
理解できれば、当然ですが評価の結果については、慎重にならざるを得ません。
つまり、評価の結果は、きちんとしたフォローが絶対に必要です。
・結果をどうとらえたら良いのか
・何を期待されているのか
・何に取り組むのか
・評価してくれた周りの人たちにはどう振る舞えば良いのか
こうしたことについて、きちんとフォローしてこそ、サーベイはある程度想定通りに機能します。
ここまでが前提条件です。
ではここから、先ほどのように、結果に対して前向きにとらえられず、
自暴自棄になったり、必要以上に凹んだり傷ついたりした人たちには、どう対応すれば良いのか、ポイントで解説します。
評価で凹むのは、なぜか女性よりも男性が多いです。
<評価で凹む人への対応策 3つのポイント>
1)本人がつらい心境であることに理解を示す
2)自分と向き合うための時間的猶予を与える
3)人格を変えるのでなく、スキルを身につけることをうながす
思うに、組織の「外」で結婚や出産など、さまざまなライフイベントや責任を経験する女性に比べ、
組織の「中」、つまり「人事」という基準をメインに評価を受けてきた男性というのは、それだけ想定外の刺激に対して耐性が低いのだと思います。
それだけ男性はナイーブにできているのでしょう。
「評価を受けた部下が無気力になって、困ってるんです」
という相談は、たいてい男性社員のことを言っています。
あくまで理屈ですが、数々のサーベイを浴びてきた私の本音を言えば、
みずからがやってきたことがこうして結果となって表れたのを、否定するなんて、滑稽すぎる。
と、いつも口から出そうになりますが、もちろん口には出しません。
あくまで理屈だからです。
例えば、毎晩好きなだけお酒を飲み、ドカ食いを続けてきた人が、ある日ふと思い立って体重計に乗る。
当たり前ですが、以前より体重は増えています。
その事実を目の当たりにしながら、「俺は悪くない。悪いのは体重計だ」と言いますか?
サーベイの泣き所というのは、確かにあり、それは
評価する側が一時的な感情的で評価する、という場合もあり、そういう意味では信ぴょう性は100%ではありません。
しかしながら、俯瞰した見方をすれば、
それすら自分の招いた結果、とも言えます。
そういう視点からもう一度考えると、
自分の立ち居振る舞いを指摘されて、無気力になるとか、自暴自棄になるとか…
臭い物に蓋をしてきたツケがきたのです。
自分と向き合うことから逃げないオトナであったほしいものです。
ところが現実は、そうはいっても傷ついている人に対して、それほどドラスティックな言い方はできません。
やはり人間ですから、「つらい思い」はしているわけです。
頭ごなしに、「そんな稚拙な態度をとるから、こんな結果しか出てこないだ」などとは言ってはいけません。
「たしかに、結果を突きつけられるのは、つらいね」
と本人の状況を理解し、まずはそれを表明してください。
まず何より、本人の気持ちが落ち着かないことには、次どうするかなどとは考えられません。
そして、結果を突きつけられたばかりの状態では、なかなか理性的な振る舞いはできません。
つい意地をはったり、悪態をついたり、しょげたりするわけです。
ですから、自分が出した「結果」と、よくよく向き合うための、時間的猶予を与えてほしいのです。
さらに、重要なこと。
それは、なぜその人が自暴自棄になったり、必要以上に凹んだりしているか、ということに目を向けましょう。
たいていの理由はこうです。
「私は、人格を否定された」と思うからです。
大切なのは、それをキッパリ否定してあげてほしい、ということです。
人格を否定されたら、ひとたまりもありません。
追い込まれ、まさに打つ手なしです。
周りからの評価というのは、あくまで「言動の調整」のためにあるものなのです。
つまり、「いかに行動を調整すればよいのか」「いかに言葉を調整すればよいのか」が問われているのです。
もっと具体的に伝えるならば、
「今まで身につけてこなかったスキルを身につける」ということまで落としてほしいのです。
スキルを身につけるのではあれば、自分の性格や人柄を変えるという、雲をつかむようなイメージではなくなります。
傾聴の仕方を身につける。
仕事のスケジュールの立て方を見直す。
読みやすいメール文章の書き方を身につける。
などなど。これらはみな、スキルです。
いかがでしょうか。
評価というのは、する側される側、双方がストレスを感じるものです。
しかし、ダイエットでいえば、「まずは体重計に乗る」時点を指しています。
体重計に乗ってこそ、今の自分は何キロ痩せないといけないのかが、具体的に見えるわけです。
まずは、事実を受け止めることについて、頭ごなしでなく、共感的に寄り添い、そっと自分を向き合わせるような寄り添い方をしてあげてほしいと思います。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
あまり利口でない人たちは、
一般に自分のおよびえない事柄については、
何でもけなす。
引用元:評価で凹んでいる人のケア