こんにちは。
米国の大統領選挙も、本番まで1カ月となりましたね。
先月のテレビ討論の様子は世界中に放映され、多くの人の嘲笑とため息を生んだそうですが、
私はその様子を見ていて、
「そもそも人の話が聞けない人が、一国のリーダーで良いんだろうか?」と思ってしまいました。
世界中が注目する中、「恥」をさらすことに抵抗がなくなってしまったリーダーと、
それに慣れてしまった民衆。
以前、映画「帰ってきたヒトラー」を観たとき、最後に主人公が放った一言に、背筋が寒くなった感覚がよみがえりました。
さて、今回は、常々考察を重ねている「自己変容」について掘り下げます。
自分なりにできるかぎりわかりやすく整理したつもりなので、お読みいただければ幸いです。
■未来予測本を買わなくなった理由
私は毎年この時期、ある類いの本を数冊買って読むことにしています。
しかし、今年は一冊も購入していません。
その本とは、「来年を予測する」本です。
2021年の世界情勢はどうなる?
というタイトルを見れば、誰しも気になるでしょう。
私も仕事柄、大まかな世界情勢を押さえておくことは、非常に重要だと思っています。
が、特にここ10年ほどの予測本は、内容に新鮮味を感じなくなりました。
理由は、2つあります。
1つ。
内容が、前年までの焼き直し程度でしかない、ということ。
2つ。
世の中が、その予測をはるかに上回るスピードで変化している、ということ。
つまり、想定外ばかりが起きるようになってしまった。
以上の理由によって、予測本の類いに価値を感じなくなってしまいました。
特に、今年のパンデミック。私が読んだ予測本には、一行すら書かれていませんでした。
専門家すら外しまくっている未来予測です。
凡人の私には、とうていムリな話です。
したがって、
未来を予測することにたいした意味はない、と私は思うようになりました。
■想定外が当たり前の時代で
私たちが生きている時代は、想定外だらけ、というのが現実です。
パンデミック、自然災害などが、ほんとうに身近で乱発するなか、
むしろ、「今日はなにも起きなくて良かったね」ということが、普通になりつつあるのではないでしょうか。
何も起きない日常が、今ほど貴重だと思えるときは、過去なかったように思います。
そんなときだからこそ、「今までの生きる態度を見直すべきときが来た」ように思うのです。
未来を予測し、備える。これはできない話だとして。
それなら、これからの生き方は、こうです。
私はそう思うようになりました。
私の思う自己変容とは、
時代に合わせて、継続的に自分をアップデートさせていくことです。
未来に向かい、夢を語ることも、たしかに大切です。
そのことが、多くの人を勇気づけ、希望を芽生えさせることは、間違いありません。
これからの時代、今ここにないものを求めるよりも、
確実なものを積み上げ、そこに未来の芽をはぐくむ、という生き方です。
つまり、そうした時代に合わせて自己変容も求められるようになっていく、と思うのです。
■確実なものを取りにいく生き方
足元の確実なものとは何でしょうか?
それは、手の届く範囲に存在するものです。
例えば、
こうしたものは、私たちがこれまでの人生をかけて得てきたものです。
今こそ、こうしたひとつひとつと丁寧に向き合い、確実に自分の血肉にすることが必要な気がします。
その血肉によって、みずからが幸福を感じるようになれれば、最高ですよね。
なぜなら、不確実がどんどん増している時代だからです。
いつ自分もそうした不確実性に巻き込まれても、おかしくはないからです。
今ここにない未来を心配したり、
今ここにないものをほしがったり、
今ここにいない誰かを恨んだり、
そんなことにとらわれるのは、
自分の身の回りに、整理がつかないほどの情報があふれ、人もあふれ、モノもあふれ、なおかつ
平和で何も起きないときにやることです。
今は、誰もが認める「有事」なのです。
去年までとは、時代の大前提が変わりました。
生活様式を変えろと、政府も口うるさく言ってくるほどです。
生活様式のみならず、自己変容というアップデートが、このタイミング強く迫られているように思います。
新しい幸せの求め方に、シフトしても良いタイミングかもしれませんね。
未来予測は、外れます。
確実なものを、取りに行きましょう。
来るべきときに備えて。
◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
運命の恵みを少しも被らなかった人々にとっては、
引用元:新しい時代 ふさわしい自己変容
米国の大統領選挙も、本番まで1カ月となりましたね。
先月のテレビ討論の様子は世界中に放映され、多くの人の嘲笑とため息を生んだそうですが、
私はその様子を見ていて、
「そもそも人の話が聞けない人が、一国のリーダーで良いんだろうか?」と思ってしまいました。
世界中が注目する中、「恥」をさらすことに抵抗がなくなってしまったリーダーと、
それに慣れてしまった民衆。
以前、映画「帰ってきたヒトラー」を観たとき、最後に主人公が放った一言に、背筋が寒くなった感覚がよみがえりました。
さて、今回は、常々考察を重ねている「自己変容」について掘り下げます。
自分なりにできるかぎりわかりやすく整理したつもりなので、お読みいただければ幸いです。
■未来予測本を買わなくなった理由
私は毎年この時期、ある類いの本を数冊買って読むことにしています。
しかし、今年は一冊も購入していません。
その本とは、「来年を予測する」本です。
2021年の世界情勢はどうなる?
というタイトルを見れば、誰しも気になるでしょう。
私も仕事柄、大まかな世界情勢を押さえておくことは、非常に重要だと思っています。
が、特にここ10年ほどの予測本は、内容に新鮮味を感じなくなりました。
理由は、2つあります。
1つ。
内容が、前年までの焼き直し程度でしかない、ということ。
2つ。
世の中が、その予測をはるかに上回るスピードで変化している、ということ。
つまり、想定外ばかりが起きるようになってしまった。
以上の理由によって、予測本の類いに価値を感じなくなってしまいました。
特に、今年のパンデミック。私が読んだ予測本には、一行すら書かれていませんでした。
「未来を予測し、備えよ。」
よく聞く言葉です。
でも、こんなこと、できっこありません。
専門家すら外しまくっている未来予測です。
凡人の私には、とうていムリな話です。
したがって、
未来を予測することにたいした意味はない、と私は思うようになりました。
■想定外が当たり前の時代で
私たちが生きている時代は、想定外だらけ、というのが現実です。
パンデミック、自然災害などが、ほんとうに身近で乱発するなか、
むしろ、「今日はなにも起きなくて良かったね」ということが、普通になりつつあるのではないでしょうか。
何も起きない日常が、今ほど貴重だと思えるときは、過去なかったように思います。
そんなときだからこそ、「今までの生きる態度を見直すべきときが来た」ように思うのです。
未来を予測し、備える。これはできない話だとして。
それなら、これからの生き方は、こうです。
「足元の、確実なものを積み上げる」
私はそう思うようになりました。
私の思う自己変容とは、
時代に合わせて、継続的に自分をアップデートさせていくことです。
未来に向かい、夢を語ることも、たしかに大切です。
そのことが、多くの人を勇気づけ、希望を芽生えさせることは、間違いありません。
しかし同時に、不確実性が当たり前となってしまった時代(VUCA)、
夢を見ることと同じくらい、「現実を生きる」ことが、
価値を持つようになったのではないでしょうか。
これからの時代、今ここにないものを求めるよりも、
確実なものを積み上げ、そこに未来の芽をはぐくむ、という生き方です。
つまり、そうした時代に合わせて自己変容も求められるようになっていく、と思うのです。
■確実なものを取りにいく生き方
足元の確実なものとは何でしょうか?
それは、手の届く範囲に存在するものです。
例えば、
自分が過去から今にかけて、着実に積み上げてきた実績や経験、スキル、知識、人脈。こうしたものが、今確実に足元で確認できること、です。
今自分で所有している、モノ、お金、時間。
今目の前にいる家族、友人、同僚、仕事のパートナー。
今自分を生き長らえさせてくれている、身体、そして感情。
こうしたものは、私たちがこれまでの人生をかけて得てきたものです。
今こそ、こうしたひとつひとつと丁寧に向き合い、確実に自分の血肉にすることが必要な気がします。
その血肉によって、みずからが幸福を感じるようになれれば、最高ですよね。
なぜなら、不確実がどんどん増している時代だからです。
いつ自分もそうした不確実性に巻き込まれても、おかしくはないからです。
今ここにない未来を心配したり、
今ここにないものをほしがったり、
今ここにいない誰かを恨んだり、
そんなことにとらわれるのは、
自分の身の回りに、整理がつかないほどの情報があふれ、人もあふれ、モノもあふれ、なおかつ
平和で何も起きないときにやることです。
今は、誰もが認める「有事」なのです。
去年までとは、時代の大前提が変わりました。
生活様式を変えろと、政府も口うるさく言ってくるほどです。
生活様式のみならず、自己変容というアップデートが、このタイミング強く迫られているように思います。
新しい幸せの求め方に、シフトしても良いタイミングかもしれませんね。
未来予測は、外れます。
確実なものを、取りに行きましょう。
来るべきときに備えて。
◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
運命の恵みを少しも被らなかった人々にとっては、
運命がかくも暗闇に見えることはない。
引用元:新しい時代 ふさわしい自己変容