超大企業の超管理職のつぶやき -4ページ目

超大企業の超管理職のつぶやき

超管理職を必死でやってるのに、周囲からゆるーくやってるように見られる。その日常の中での感じたことをつぶやいてます。

やりきった時は結果がどうあれ、後悔しない。
逆に結果がよくてもやりきっていない時は、うれしさは半減する。

もちろんやりきって結果もいいことにこしたことはない。

昨日、子供の入試だった。
本当によくやりきった!!
わが子ながらすごいと思った。
結果、見事合格した!!

本当によくやりぬいたな!!
結果もそうだが、そのプロセスを褒めたい。
よく、成果主義じゃないと悪のような前提の記事を見る。
成果主義が善で、年功序列が悪と誰が決めたのだ!
そもそも、何のための人事制度か?を考えた方がいい。
仕事の成果をはかるためなのか?
個人個人の成果をより正確にはかると業績はあがるのか?
会社の業績を最大化するためなのか?
会社の業績が最大になったら幸せなのか?

年功序列で安心して生活設計でき働けることも、成果につながり、結果
人の幸せにつながることもあるのではないか?

すべて年功序列がいいというわけではないが
それを最初から否定するのはどうかと思う。

本質とは何かを見極めなくては。

さっきまで、明日から仕事だ。。めんどくせーって思ってた。なぜなら、寝たい時に寝て、起きたい時に起きる。これが私の最高の幸せだから。

幼稚園、小学校から高校までは、眠くても起きて学校へ行った。しかし、大学に入って、夢はかなった。寝たい時に寝て、起きたい時に起きる。という夢の生活が始まったのである。
本当に幸せで楽しく、逆に仕事もしてたので、起きたい時に起きて、ものすごく働いた!!!

ところが大企業に入り、社会人になり、悪夢だった。仕事は楽しかったのだが、起きるのがつらかった!!とにかく、それが一番つらかった。。。。

夜は終電まで働き、それから飲みに行き。家に帰るのは2時、3時。。でもって会社に7時から8時の間には行く。。。地獄だ。眠かった。入社して4年間はづっと眠かった。。。

でも、なぜか仕事や仲間は好きだった。
上司は表面的には嫌いだったが、本当は好きだった。

そう、私が生きていて憂鬱なのは、眠いのに起きる時。逆に起きてしまえば、こちらのもの!!

なんか、夜になって、明日から会社が始まるのが楽しみになってきた!!
憂鬱にならないために、もう少ししたら寝よう!!

明日からガンガンとばして行こう。あとのことは考えず仕事をしまくって!!1月が終わるころにいは12月までの仕事がなくなるくらい頑張って、残りの11カ月は寝て暮したいな~。。。

でも、サラリーマンはそうはいかないのだ。
私はたいした学歴ではないが、今まで仕事をしてきて感じることがある。
それは学歴と仕事が出来るか否かは、ある程度相関関係があるということ。
もちろん、仕事内容にもよる。そう難しくない商品を同じように売るという仕事であれば
若干相関関係は薄くなる。
ただ、学歴というのは、そこまで頑張れたか否か、妥協しなかったか否かだと思う。
そういう意味では同じ簡単な商品を売るにしても、頑張り、そして妥協しないという意味では高学歴の方が年単位で見ると結果が出るケースが多い。

創造性の高い、ルーチンワークではすまされない仕事では、なおさらそうである。
学歴の低い人が仕事で一定の成果を上げることはよくあるが、持続的成長でいうと、伸び悩むことは多く、頭打ち(これ以上伸びるのかな~。。。)のことが多い。

よく、学歴社会が悪いだの、学歴採用が悪いだの、学歴不問にせよ!だのという意見を聞くが、ちゃんちゃらおかしい!!
そこまで、頑張らなかった人が、なぜ報われないとならないのか?よっぽど不公平ではないか?

学歴に自信がないのであれば、自分で起業してみるのもいいと思う。

サラリーマンは1つの選択肢であり、そこでは学歴がやはりものを言う。というか、そこまで妥協せず、頑張って手に入れる努力ができるということがものをいう。

ただし、遅咲きの人もいるかもしれないし、勉強ではなく、人を動かすことにたけてる人もいるであろう、そういう人はとっとと起業するのをお勧めする。

あくまでも、学生で大企業に就職し、そこで出世するのであれば、学歴のある人が出世する=そこのルールで妥協せず、頑張れる力のある人が出世する確率は高いのだ。

それにしても、学歴が高いのに仕事が出来ない人は、見ていて残念だ。
そういう人はもちろん存在する。
その前に、今年、本気でやりきったか?と自分に問いただす。
ずいぶん手を抜いたのではないか?と思う。
もっと、メンバーと話せばよかったかな。とか
もっと、自分が学ぶことができたんじゃないかな。とか
もっと、周囲を巻き込んで進めればよかったな。とか
もっと、面倒だと思わず、やってみたらよかったんじゃないかな。とか、、
もっと、あそこで粘ればよかったんじゃないかな。とか、
自分は本気だしたかな。

来年の今頃、やりきった!と思える自分でいたいと思う。
よく感じるが、どう伝えればいいのだろう。
自分はそう感じることが多いから、自分が見えてないから、そのような判断をするのだと
自戒するように気をつけている。

「自分には見えてない世界」

メンバーがいろいろ、意見を言ってくるが、言えないことも結構ある。
そのいろいろ言えないことの中で、(=全体を見て判断し)決めていることは多い。
それも感じず、かつ見ずに(=見えずに)意見をすなおにぶつけてくる。
意見だといいのだが、文句をつけてくるメンバーもいる。
たまに、ふざけるな!と思うこともあるが、怒ってもしょうがないので
表に出さないようにしてるが、本音はふざけるな!と思うこともある。

そういうケースは一段、視界を高めて世界を見るような状況にする。
簡単なケースは管理職になってもらう。

最近は若いメンバーも管理職に抜擢するようになってきている。
10年前までは、そんな雰囲気ではなかったが、ようやく、いい意味で実力主義的な抜擢も
可能になってきた。

それが幸せなのかはその人次第だが。
アベノミクスもあり、女性の社会進出が叫ばれてるが、なんでもかんでも社会進出を強制するような雰囲気はやめた方がいいと思う。
家庭を大事にしたい女性は、それを選択しやすいようにしてほしい。
また、強引に女性を出世させるような、いきなり管理職比率とか言われても、そんな教育今までしてないし。。。無理にさせられた女性も困ると思う。

はたして女性の社会進出が景気をよくするのか??それも疑問だ!!
いずれにしても、進出や出世を強制するのはやめてほしい。

むしろ、家庭に入って子供を作って、家庭を守った方が社会全体にとって、私はいいと思う。
来年こそは。。と、いつも思う。でも進歩しない。。。
毎年、年収もかわらないし。仕事もここ数年かわらない!
要は進歩してない。
でも、それって駄目なのかな~。
なにもなかったのがいいことなのかも!!
ただ、ただ年をとっていく。
これっていいのか?ダメなのか?わからん。

毎年、お金をたくさん使い、お酒を飲み、で、お金がなくなり。。。

もしかしたら、他の人から見たら幸せに見えるかもとも思う。
あり程度の仕事の権限があって、ある程度の年収もあって、子供もいて。。。

毎日毎日飲んで、タクシーで銀座から帰っても破たんはしてないし。

でも、なんか空しいな。

やっぱ来年はちょっとでも成長したなって思えるようにしよ!
もう40代中盤もすぎるし。

最近、バーめぐりをなぜかしてる。
なぜか?考えてみた。

なるべく、早く飲み会を終えることを最近は心がけてきた。
9時~10時には終える。
1年前なら、終電かタクシーだったが、体も気遣って終えている。

しかし、9時~10時に終えて独りでバーに行くようになってしまった。
しかも赤羽の中ではおしゃれなバーを探して。。。

やっぱり飲み足りないのかな~。
地元だと安心もする。
タクシーも1メーターだし。

そんなこんなで昨日も新たなバーを発掘してしまった。