泣ける映画 ブログネタ:泣ける映画教えて 参加中「ライフ・イズ・ビューティフル」は泣けますね。あと映画じゃないけど、その名の通り「1リットルの涙」は泣けます。この時の沢尻エリカさんはものすごく素敵でした!!
ブログははたして生き残るのか?統計的な数字は手元にないが、これほどブログを書いている国民は日本くらいじゃないだろうか?何故だろう。海外から見た日本人の映像を見ると、カメラを持った姿が映し出されることが多い。最近はスマホ普及もあった少なくなってきたかもしれないが。それだけ、何か残すのが好きな国民性なのだろうか。アメーバブログ、フィエスブック、ライン、インスタグラム・・・とSNSは様々ある。。というか、ありすぎるくらいだ。ブログはストック情報という感じだが、他のフェイスブック、ライン、インスタはフローな情報な気がする。その点が他のSNSと違う。しかし、インスタやラインをやってる若者がアメーバをやってるイメージがない。というか、アメーバブログはおじさんおばさんのメディア化している気がする。フィエスブックでさえそんな感じだ。そんなこともあってか、次々よくわからない75 5とか色々サイバーエージェントは出してるのだろう。私がこのブログを更新しなくなったら、その時はこの世にいなくなったということかもしれない。ただ、私は平均寿命から考えると、あと40年近く生きる。確実に40年後アメーバブログの方が先に姿を消してる気がする。。。
競争社会ここ3日連続でブログを更新してみた。すると、順位やPVが上がる。当然といえば、そうなのだが、さらに順位を上げるには今段階の私のレベルだとさらに更新してみることだろうか。順位が上がる=PVが上がる=他の人にみてもらえてる=社会とつながってる。と感じるのはちょっと気持ちがいいい。単純に順位が上がると嬉しい。これも今までの競争社会にまみれた生活や価値観の結果だろうか。競争に勝ち抜くことは=努力の結果ではある。社会の中での競争はえてして不透明なプロセスで順位が決まる(地位が決まる)ことも多い。それに比べブログランキングは シンプルで運営元が不正をしない限り透明な競争だ。しかし、あるレベルに達すると単純な更新では済まされないことになるのだろう。もちろんブログの内容もあるが、それ以上に誰が書いたか?が問題になる。誰が書いたか、誰が言ってるか?というのは単純ではない。また、そのステージでは不透明なプロセスに突入していくのだろう。ちょっと、頑張ってそのレベルになるまで更新してみようかな~。でも、さすがにモチベーションがこの中の順位だけでは続かないだろうな~。サイバーさん、何かモチベーションを上げる工夫やインセンティブをお願いしまーす!!!
死ぬ気で生きたか私はカトリックの高校だった。寮に入る生徒も多く、なかなか変わった高校だ。校長は外人で、全校集会なんかは全部英語だった。その高校で、一番印象に残っている授業は宗教の時間だ。私はカトリックでもなんでもないが、その時間は主に聖書を読んだりみんなで、世の中で 起きている何かについて議論したりした。その授業で「死」について考える時間があった。高校までそんなことを考えたこともなかった。全ての人に平等に訪れる「死」「死」について考えるとは、すなわち「生」について考えるということだ。死ぬ気で生きる。これこそが、充実した、そして自己を満足させられると思う。そうすれば、自己成長だの、周囲がどうだのってのは大した問題ではない。いずれ訪れる死に向かって、人間は生きている。限りがあるからこそ、精一杯生きていく。こんなこと書きながらさぼってないで、そろそろ英語の勉強でも再開するか。来月英語の試験だし。
自己成長成長する自由。こんなキャッチコピーが昔の転職雑誌であった。電車の中刷りでこのコピーを見たとき、すごく違和感を感じた。「成長する」ということと「自由」という言葉の組み合わせが気持ち悪かった。この言葉の中には「成長しない」という選択肢が含まれてないように感じたからだ。「成長」というのは職場でよく飛び交う言葉だ。あいつは最近成長した!あいつは全然成長しない!!ところで、成長って何だろう??曖昧な言葉だ。私が思うに、仕事での成長とは、仕事をしていて幸せと感じられる度合いが高くなったことだろうか。そうなると、他人から見ても、充実した仕事ぶりに見える確率が高くなる気はする。逆に、仕事が嫌だ!!という人もいるだろう。同じ人でも、仕事内容はその時の置かれた環境によって嫌だと思うことはあるはずだ。どんな仕事環境でも、どんな時でも、自ら幸せを見つけ、作り出し、幸せ度合いを高くできる能力は大事だ。ポータブルなスキル。全く、最近の就職面接でのアピールでは通らないだろうが、私は10以上のバイトを学生時代に経験した。その時々に面白みを見つけるのが得意だったと、今、振り返ると思う。自慢になってしまうが、社会人になっても異動や転職を経験した。そのたびに、そこに馴染み、楽しみをみつける能力は高かったと思う。なかなか、言語化が難しく、世の中で語られない能力だと思うが、ある程度の出世には、この能力はあった方が望ましい。どうやったら身につくのかは、私もまだわからない。1つ言えるのは安っぽい過去のプライドは捨てることだ!
自分を変える。未来を変える。今の自分を変える!世の中を変える!変化しないものは悪だ!!現状維持でいるか?それとも変化するのか?よく、こんな言葉を聞く。変える、変えると言うが、どう変えるのか?を考えたほうがいい。変えるのが全ていいとは限らない。変える内容による。こんな当たり前のことをほったらかして、変えるのだ!変わるのだ!というのはちゃんちゃらおかしい。変えるのであれば、何を、何故、どう変えるのか?を考えてほしい。そして、それは誰にとってよくて、誰にとってよくないのか?また、逆に変えないことは何か?それはなぜか?も。そして、それは本当に幸せをもたらすのか?という本質を忘れないでほしい。但し、幸せは人それぞれ違う。同じ人でも、その時々によっても違う。ただ、そこではより多数の人が幸せか?を考えることが必要だが多数決ではないと思う。残酷に聞こえるかもしれないが、今後の多数決は平均寿命から現在の年齢を引いた年の分だけ票を渡すのはどうだろうか?(平均寿命以上の年の人は一律1票とか。)多数決だと、今さえよければいい。という多数の老人の意見に左右されがちだから。
やってられねーよ。やってられねーよって思うことは誰にでもあると思う。私も、半年詞に1回は少なくとも、あーやってられねーよ!!!!!!って思う。その時にふと思う。そのやってられねーことを自分で打破だきないかと。で、打破できなさそうなこともある。それは上の上の役員が私のやってられねーよ!をやろうとしてるとき。今がそれだ。で、私はその役員の上の役員、<これっておかしくないですか?って????>って言ってみる。でも。その役員も事なかれ主義で<俺もよくわかんないんだよね>答える。だったら、さらにその上の役員に言うしかないと思う。それはこれからだが。。。。で、ふと思う。やはり上に 行かないとと。。。で、それが出来ないのなら、2たくだ。決められたことを受け入れるか、受け入れずにやりすごすか。。。いや、2たくじゃない。受け入れずにやりすごさずに、辞めて自分の理想郷を築く道もある。そんなことを考えながら今日は寝よう。
倫理観の欠如若い人で元気な人を見ると、うれしい。ベンチャー企業も、よく頑張っている。私は大企業だが、ベンチャーの人と話をすると威勢がいい!私の会社でもベンチャー出身者がいる。前向きに、純粋。ただただ、倫理観が欠如している。ベンチャー企業家と話をしていても、たまにそう感じることがある。お金には色はついていない。もうかれば同じだ。しかし、仕事にしていい内容と良くない内容がある。ベンチャー出身の社員が相談に来る。彼は金になりますよ!!!と言ってくる。私は答えた、そんな金はいらないと。私はそんなところとは取引はしないと。彼は、抜け道がありますよ!!と言ってきた。抜け道を通ることは考えてないと答えた。私は常に王道を行く。抜け道というのは、後ろめたい人がやることだ。後ろめたくないのであれば、メインストリートを通ればいいのだ。元気なのはいいが、倫理観の欠如はがっかりする。そんなベンチャーや、出身者は教育しなおす必要がある。倫理観は大切だ。
就職活動就職活動での学歴差別は、30年以上前から問題になっている。当時、学歴不問採用といい、履歴書に学校名を書かせない会社もあった。でも、話の内容で学歴を聞き出してたのが実態だ。この前も、ある金融機関で東大生で登録すると、セミナーは登録できるのに、自分の大学名で登録するとセミナーは締め切っていたのが話題になってた。振り返ると、東大生でも確かに、仕事の出来が悪い人もいれば、専修大学生でも仕事がものすごくできる人もいた。しかし、確率でいうと圧倒的に学歴が高い人の方が、仕事ののみこみが早いのも事実だ。3流大学の中で、優秀な人を見つけるのは、人事としてはものすごく大変だ。労力にみあったリターンが少ない。また、何故そんな人を取るのか?と他の部署から言われたら説明しにくい。数回の面接では、なかなかわかならい部分も多い。大学受験という試練を乗り越え、どれだけ妥協せずに頑張ったかは、学歴を見るのが手っ取り早い。で、その試練を乗り越えられる人は、仕事の試練も乗り越えられる確率が高い。ただ、就職はゴールではない。ちょっと感じるのは、アグレッシブさが2流大学の方がある。頭の使わない営業は2流大学の方が結果を出す気もする。頭のつかわない営業はどんどん機械化されていく流れではあるが。。。営業も頭をつかわないとできない時代になってきた。やはり、努力せずに果実を手に入れることは出来ないということだ。大企業が果実なのかはこの先わかならいが。
採用基準今年の新人と去年とおととしと、採用された新人の傾向が違う。これは世代なのか?それとも、採用基準なのか?採用担当者とは話をしてないが、今年の新人はざっくり言うとちゃんとしてる。ふと考えた。採用担当者の教育とか、採用担当者自体の優秀さは変わったのか?去年の新人(今の2年目)はとにかくひどい。。。。1年間試行錯誤したが、なんで採用されたのか?本当に不思議だ。頭は決して悪くないのだが、心が弱い。。。弱すぎる。。。。ちょっとのことで、挫折する。1年間、がんばって教育したつもりだが、今年の新人にもう1、2ヶ月で追い越されてしまいそうだ。昔は・・・だった。。。とか、俺の新人時代は・・・だった。。とか言いたくもなる。でも、うちの部署があわない、とか俺の教え方が悪いとか、、、あるかもしれないので、別の部署で頑張れるか?の機会をあげようと思う。ということで半数の新人を先月異動させてみた。どう成長するか 楽しみだ!!