12月19日のこと、
その朝8時にじいちゃんが亡くなった。
私はぐっすり寝ていたが、突然の着信に起こされた。
起きても、どうしたらいいのかわからなくなった。
あまりに急いで支度したので、スーツを着て、仕事に行くときと同じ荷物で部屋を出た。
なんというか、悲しいというより、これから福島に帰ること自体「冗談だろ?」と思うくらい、本当に冗談なことだろうと思ったりした。その日の休まないといけない仕事のことなんかも気にしていたりしていた。
実家に着いても、遺体が来るまで、全く信じられなかった。
人がいっぱいいるなあーっ?、本当に死んじゃったのかな?ていう感じである。
でも、運ばれてきたじいちゃんを見たら、すごく痩せて痛々しい格好で、頭の骨格と顎を支える器具が着いていた(頭を座らせるために着けられたもの)。
じいちゃんは、いつも使う布団の中で寝ている間に亡くなった。病院で管に繋がれてではない。
でも、死因が分からないというので、遺体が病院に運ばれ、検死(遺体解剖)させられたらしい。
お腹を切ればすぐに原因が分かっただろうに、頭まで切られたことに腹が立った。
生前、頭ははっきりしたじいちゃんだった。
じいちゃんに失礼だと思った。
いいじいちゃんだった。
心配性で、常に誰かの心配をしていて、ストレスを溜めて、酒で紛らすような人と周りの人は言う。
その通りである。
私と兄のことを一番に心配してた。
なんだか、すごく、心残りなことばかりで悲しかった。
孝行なことは一つもしていなくて、話もめったにできなかった。
おいしい物をごちそうしたかった。
今となっては叶わないことだ。
お葬式の日は、きれいに晴れていた。
うちの宗派だけかも分からないけれど、体を棺に入れるとき、天国での旅支度として
白装束やわらじ、杖、籠手、肘当て、五穀、六文銭を身に着けさせる。
49日の間旅をしたら仏様の弟子になるそうだ。
棺の中には、いつも着ていた半纏や好きなあめ玉を入れて、いっぱいいっぱい花を入れた。
死に化粧をしてもらって、最初見たときとは全く違い、綺麗になっていた。
じいちゃんは、まだ旅をしているんだろうなと思う。
うちの飼い犬は、じいちゃんが突然いなくなり、様子がおかしいと思ったのか、あちこちうろうろしたり
くんくんしたりしていた。
「もういないんだよ」って声をかけるのが悲しかった。
それほど
いいじいちゃんだった。
「ありがとうございました。」