大分県バス文化保存会 代表ブログ -35ページ目

大分県バス文化保存会 代表ブログ

 
生まれたばかりの私は、
母に抱かれ、特急バスに揺られ
この町にやって来ました。

山と海、一面と続く松林…
幼い私の唯一の楽しみは、
街からやってくる
特急バスを眺めることでした。

昭和52年 陸の孤島国東
ここから全てが始まりました。

■さようなら中央区

先月長くお世話になった
東京中央区とお別れしました。




思えば、高校の修学旅行で初めて上京して初めて降りた場所も中央区日本橋で、職場も何のご縁か日本橋で、かれこれ15年以上お世話になりました。

初めて来た日本橋兜町は異世界でした。
道行く人はみんなYシャツスーツ姿のオッサンばかりでチャラチャラした私服の人は皆無……

オレの街だ!!!!
オレと同じ人種が沢山居るwww

一見固く見えますが、案外ローカルな街で「あの人は○○証券の人」「あの人は○○銀行の運転手さん」「あの婆さんはああ見えて昔有名な相場師だった!」「あの人は兜町じゃなく茅場町の人だろ?」

案外お互い顔見知りが多く、街を歩いてると契約先の証券会社の役員さんや喫茶店のマスターが声を掛けてくれたり、和やかな街でした。

バブルの頃株屋さんで賑わった昭和生まれの古い喫茶店、古い居酒屋、今時ダブルスーツのオジサン……


 

元々古い物好きで、チャラチャラした格好が嫌いで年中Yシャツ姿、昭和大好き人間の私にとっては楽園のような街でした。
ホント色々な思い出が出来ました。

引っ越しの前日、長く通った家の下のコンビニの店長さん夫妻から餞別を頂きました。

私が毎日買っていたモノ達の詰め合わせ(笑)


店長さん、奥さん、従業員さん
みんなと雑談する時間が潤いでした!
本当にありがとね!




■最終日(引っ越し当日)

5月10日
10年以上住んでいたので、なかなか片付けが間に合わず、午前中レンタカーのバンで茨城県内のコレクション保管庫(私の別荘)に一部荷物を運び込み、バタバタ東京へ戻り、引っ越しを開始!

引っ越しは高速有鉛読者ならみんな知っているこの方が応援に来てくれました!



変態御用達4649!

出発の時、管理人さんと住民の方が見送ってくれました。

東京は人との繋がりが薄いイメージがありますが、そんなことはありません!

都心オフィス街で住む同士
逆に連帯感があり変にローカルで私に取って本当に楽しい街でした!

さようなら中央区
沢山の思い出をありがとう!




■こんにちは千代田区


 

えー実は2キロしか離れていません。
東京というのは2キロでも別世界になります。

今回、仕事の都合で顧客(契約先)直出勤に変更になったのと、マンションの更新が重なった都合で引っ越しとなりました。



 

神田駅、秋葉原徒歩圏内
室内通路、カードキー
警備・管理人常駐

中央区の家賃より更に3万上がりましたが、まぁハイヤー運転手という仕事柄仕方ありません。

ちなみにタイルマットは?





自分で頑張って貼りました。
ちなみにベッドは?






自分で頑張って作りました!

ホント疲れた
死ぬか思ったwww
二度とやらない!




■近況

ようやく新生活にも馴れてきました。
神田も秋葉原も元々遊び場だったので、起きてカーテンを開ければ目の前という違和感があります。

先週2ヶ月と2週間に渡る在宅勤務がやっと終了致しました。

3月末から在宅運転手になりましたが、一応家に居ても毎日勤務扱いなので、給料は全く変化がなく大変救われました。

消毒液やマスクも九州の古い友人が送ってくれたり(←ホントありがとう!)、昔の会社の支給品が引っ越しの時大量に出てきた為、殆ど購入せずに無事に過ごせました。



 

同じく在宅だったボスや秘書さんも出勤を始め、ようやく日常が戻ってきました。

3月末納車の新しい相棒↓



車も代わったんですよー
昔の相棒とのお別れと新しい相棒との出会いはまた別で記事に致しますね!

東京は、まだまだ油断出来ませんが、
気をつけながら日常を取り戻していきたいと思います。

なんだかんだ色々あった一生忘れられない2ヶ月でした。

皆様も引き続きご安全に!
それではまた!チョキ







[これからは完全アキバ民からの投稿]