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悪性リンパ腫記録ブログ

25歳で縦隔原発びまん性大細胞型B細胞リンパ腫と診断されR-CODOX-M/R-IVAC療法にて治療後、寛解。(9年経過)





一年前の今日、入院した日でした。
あれからもう一年。


ぜんぶ覚えているのに、入院中の記憶がすっぽり抜けているような…
本当に自分に起きたこと、経験したことなのか現実味がないし、多分どんどん薄れるんだと思う。





告知されたのが11月10日

その前の約半年間
腫瘍がある。悪性だ。悪性じゃない。胸腺腫だ。胸腺腫じゃない。開胸手術する。やっぱりできない。悪性リンパ腫だ。やっぱり違う。

みたいなのが繰り返されて精神的に免疫がついたのと、後半は自分でも多分悪性リンパ腫だなと思ってたから告知に関しては衝撃はなく、治るのか?生きれらるのか?淡々と聞いた覚えがあります。

それより周りに心配かけないように(すでにかけまくっているんだけど)自分が気丈でいなと、何か崩れる気がして…家族の前では絶対泣かないと決めてた(なんの強がり?)
毎日お風呂でひとり泣いてたのが懐かしい。





でも同時に病名が確定した安心も大きかった。
その頃、腫瘍のせいで胸から上はむくみでぱんぱん。食べることも呼吸も苦しいし、ずっと逆立ちしてる様な…横になってももう治らなくて常に頭痛。
治療より先に窒息死するんじゃないかって本当に思ってたし。

朝起きる度に、ちゃんと生きてた。
って思ってた。笑









告知から入院までの5日間

絶対治る!って治療に向かう前向きな気持ちと、もしもの時のことをずっと考えてた。


思考が突出しすぎて、
銀行口座を整理したり(もしもの時、面倒がないように不要なのは解約、一本化)

生命保険の受取人を夫に変えたり(それまでは母だったので)

過去に付けてた数年分の手帳を全て処分(夫に出会う前の分もあるのでね。もしもの時夫に見られたら困ると思って。笑)

ネットで登録した諸々、SNSとか。ほぼ解約?退会?(SNSは人のリア充を見るのが辛すぎて。笑)


それが治療に向かう覚悟だったのか、もしものことを受け入れる気持ちだったのかはわからないけど。


そんなしながら仕事の引き継ぎと、採卵の為誘発の注射するのに毎日東京通い。
いや、頑張ってたわ。わたし。笑
今のダラダラ生活が申し訳なくなるよ。









あれから一年。
今、治療も上手くいって、穏やかに生きられていること感謝します。

病気になったことをまだよかったと思えないし、病気のおかげでとかと全く思わないし、出来ることならなりたくなかったけど…






今後のHAPPYな生活の為のプロセスだったんだ!と思うようにしています。

結婚したとき思い描いてたキラッキラな未来とはだいぶ違うけど、年取ったとき、あの時は大変だったわ〜!と笑って言いたい。笑

まずこのぐうたら生活をなんとかせねば!

そんなことを思ったあの日から一年でした。


もう年の暮れ?
年が明けたらまた誕生日_(┐「ε:)_
自分がアラサーなんて信じられない。