運命の人に50年間愛されるための1分間の催眠的恋愛講座

運命の人に50年間愛されるための1分間の催眠的恋愛講座

占術家/心理セラピストである筆者が教える「運命の人」と出会うための法則。最高のパートナーも幸福も自らが創造していくものです。心理学~運命学~開運~西洋占星術による恋愛占いなど。長く愛され幸せになるためのシンプル&パワフルな1分間の恋愛講座。

東北地方太平洋沖地震によって亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆さまとご家族の方々に心よりお見舞い申し上げます

Amebaでブログを始めよう!

米国の東北地方太平洋沖地震とスーパームーンとの

関係についての記事があったようです。



スーパームーンというのは

地球と月と太陽が一直線上にならんだ状態で

月と地球が近づくことを意味しています。



さらに最短距離にまで接近した場合には

エクストリームスーパームーンとも呼ばれます。



3月20日の3時過ぎには満月をむかえ

それからほどなくして19年ぶりに地球と月が大接近することになります。



月が地球に及ぼす影響は大きいものですが、

このスーパームーンのときには

とくにその影響は強くなるといわれています。



よく満月のときは力が満ちるといわれますが、

力が強ければよいのかというと、じつはそうとはいいきれません。

逆に強くなりすぎてバランスを崩してしまう

というようなこともみうけらるようです。



これまでの歴史において、

スーパームーンになるときには大災害が起こる確率が

高いといわれます。



しかし科学的には、月と大災害の関係については

いまのところなんの根拠も示されてはいません。

それを証明することはむずかしいでしょう。



ただ、月と災害との因果関係についての議論はさておき、

月が地球や生き物に影響をあたえていることは

まちがいないと思います。



安定した状態にあるものには

それほど大きな変化はみられないかもしれませんが、

ギリギリのところでどうにか踏みとどまっているような場合は

ちょっとしたことで変化がおこりやすくなる可能性はあります。



潮の満ち引きも月の引力によるものですから

それがあらゆる作用のもとで

海底にまで影響があるということは考えられることです。



天体が及ぼす影響というのは人が想像する以上に

大きなものがあるのです。



ここで話がちょっとずれますが、、



スーパームーンも気になるところですが、

じつは私は天王星の動きに注目していました。



(ここからは少しわかりにくい話になるかもしれませんが

お許しください)



じつは3月12日午前、

天王星はおよそ84年ぶりに牡羊座0度に

戻ってきていたのです。



もし国を12サインで表すとすると

日本は牡羊座にあたるといわれています

(別の意見もありますが)



牡羊座はすべての始まりやスタートなども意味しており

そこに天王星が80年以上の年月をかけて戻ってきたのです。



人が生きているうちに一度あるかどうかというような

まさに時代が再スタートを切る瞬間だったわけですね。



ちなみに天王星が意味するものを

ひとことでいうならば 『変革』 です。



意識の目覚めや覚醒を

目には見えない大きな力で促してくるのです。



それは大きな革新をすすめるために

善悪をこえた強い力として作用するといわれます。



それがすべてのはじまりをあらわし

さらに日本をも暗示する牡羊座に入ってきたのが12日。



地震の当日3月11日は

まさに時代が移り変わる直前の空白の時間だったともいえます。



天体の影響は当然地球全体におよびますが、

牡羊座サインの日本は、新しい時代の幕開けの象徴ともいえる立場に

あったのかもしれません。



月などの動きの早い天体とは異なり

動きのおそい天王星がおよぼす影響は、ある時を起点とすると

その前後にわたって長くつづきます。



それが3月12日をはさんだ前後の数日~数週間とすると

いまはまさにエクストリームスーパームーンと天王星の両方の

影響があらわれている不安定な時期とも考えられます。



たしかに、とてつもない威力をもってして

日本のみならず世界の人々に衝撃を与え

精神的な目覚めをうながしていったように思えます。



余談になりますが、

2012年のマヤ暦におけるアセンションは

じつは今年の2月半ばにすでに突入しているという話があります。



現代の暦と正確にあわせてみると

2月11日頃になるということです。



これについては未確認情報ですし、

私もあまり詳しくないのでこれ以上の言及はさけますが、

たしかに2月の後半あたりから、

世界の波長ともよべるようなものが

変わってきているように感じます。



地球の空気がざわめいているような

そんな感覚をおぼえます。



これから先しばらくは、日本だけでなく世界中で

突発的な出来事が起こりやすくなるでしょう。



いったいどんなことが起こるのか、

しばらくは見守っていくしかありません。



ここで話を月に戻しますが、、



もし、本当にスーパームーンというものに

大きなパワーがあるとするならば、

どうか被災者の方々にその力を与えてほしいと願っています。



命と引き換えに私たちに大きな学びを与えてくださった犠牲者の方々

悲しみをこらえながらも誇りたかく高潔な姿を示してくださっている被災者の方々

みなさまに、、



時代はうつりかわり、つらい気持ちもいつか過去になり

かならず明るい未来やってくるということを

お伝えできたらと思います。









多くの人が「運命の人」にいつか巡り合うことを待ち望んでいます。

けれども「運命の人」の定義は、個人によってまちまちです。

運命の人とひとことでいっても、そのイメージはじつはそれぞれ違うのです。




赤い糸でつながった相手とよくいわれますが、

その意味は受け取る人によってさまざまに解釈されているようです。




たとえば、運命の人についてある人は、

「いま地球上にいる人類の中でもっとも自分と相性がよい相手」

と思っていたり、また別の人は

「前世のカルマなどでつながっている深い因縁でつながった相手」

「この世でたった一人だけのソウルメイト」

と考えていたりします。




一般的には、

「運命の人に出会うことは自分に幸福をもたらしてくれるもので、

その人と出会うことで自分の人生は完成されすばらしいものになる」

と感じておられることが多いでしょう。




どれが正しくてどれが間違っているということはありません。

感じるものこそがその人のリアリティであり、

個々の運命の相手との出会いを創造するのもその人です。

その人にとっての「運命の人像」に見合う相手を、

それぞれが求めていくことになります。




ですから、どういう人を「運命の人」と思い描くか、

という概念そのものがその人の人生の一部をつくりあげてもいるわけです。

運命の人との出会いは、まずは「運命の思考」から始まっているといえます。

(思考と運気との関係についてはまた別の回で書いていきます)




それでは、今日はもう少しつっこんで運命の人について考えてみることにしましょう。

ここで、素朴かつ根本的な疑問を投げかけてみたいと思います。




「あなたの『運命の人』にとって、あなたは運命の人ですか?」




…………。




愚問に思えます。




「運命の人なんだからお互いに運命の人にきまってるじゃない。

 だって… 運命の人なんだもの」




けれど、もしかしたら、

そこに落とし穴があるかもしれません。




ここでもう一度、運命の人という定義を考えてみることにしましょう。

解釈をほんの少し広げてみると『運命の人』というのは

自分を幸せにしてくれるたった一人の恋人もしくは結婚相手とは限らない

という可能性も出てくるようにおもえます。




たとえば相手が既婚者にもかかわらす、それでも心底その人を愛してしまった。

そして、どうしてもその人をあきらめることができずに、

公でない立場のままその人に人生を捧げて人生を終える、というような場合も

きっとその人にとって相手は運命の人だと感じるでしょう。




「出会ったことで運命をひっくり返されてしまった。とてもつらい…」

そんなときでも、その相手はあなたの人生のキーパーソンであり

『運命の人』のひとりである可能性があるわけです。




たとえ相手が地獄の底につきおとすような

ひどい仕打ちをして去っていったとしても、

どんなに認めたくないとしても、

その人はあなたの運命の人の一人なのです。




幸せにしてくれる人だけが運命の人とはかぎりません。




この地球上で、ある瞬間、ある場所で、

あるきっかけによって巡り合った相手。

あなたはその人に好意をもち、

そして相手もあなたに好意をもってくれる。




それが恋という気持ちに変化して、二人の気持ちが近づいていく。

その後、お互いの気持ちを確かめる出来事をきっかけに交際が始まる。

これが2人の人間の人生において、ほぼ同時期におこります。




無限の広がりをもつ宇宙のほんの一点を、

時間と空間の両方において、そのふたりが親密に共有するわけです。

これは宇宙の流れと固体エネルギーの瞬間的なスパークともいえる

天文学的な確率の中に起こっている奇跡のひとつです。




たとえその人との出会いがハッピーなものでもそうでなくても、

またその後にどんなプロセスを経てどんな結論に達しようとも

その人はあなたの運命の人のうちのひとりです。




その人との出会いがなければいま(未来)のあなたは別の考えをもち、

人生は違うものになっていたにちがいないのです。




もちろん多くの人が探しているのは「自分を幸せにしてくれる運命の人」です。

それはとても純粋で自然な思いから発せられています。




けれども「自分を幸せにしてくれる運命の人」にめぐり合うには

「自分に試練を与える運命の人」の意味を知らなければなりません。




大好きだった彼(彼女)の気持ちが離れていってしまった……

一生懸命尽くしたのにひどい仕打ちばかりされている……

きっとまだお互いに好きなのになぜか別れることに……

心と体をもてあそばれていただけなのかもしれない……

こんなに好きなのに気持ちがつたえられない……

私のことが好きだといいながらどうして他の人ともつきあうの……

etc..   etc..




今そして過去においてそんな苦しい状況にある方もいらっしゃるかもしれません。

それは大げさな表現ではなく「身も心も切られるように激しく痛む」

つらい経験にちがいありません。




けれど、そんな苦しみの中にこそ、つぎの幸せにつながる『鍵』がかくされています。

その鍵はとても小さくてめだたないものなので多くの人が見過ごしてしまいます。

むしろ、その鍵を踏みつけてしまうひとのほうが多いかもしれません。




次の幸せの扉をあけてくれるその小さな『鍵』を

現在や過去の苦しみの中から探し出すのは簡単なことではありません。

きびしい状況のなかで、冷静な目をもってそれを探し出すというのは

だれにでもできることではないのです。





だれにでもできることではない。





だからこそ、皆ができることではないからこそ

「自分を幸せにしてくれる運命の人」に出会える人とそうでない人

がいるといっても過言ではないでしょう。




苦しい中、目に見えないほどの小さなちいさな『鍵』を拾い上げて

それをしっかり握り締めて前へすすんだ人だけが、

希望にみちあふれた運命の扉をひらくことができます。




もし、そのことに気がつかないまま進んだなら

いつまでたっても「自分に試練と学びを与える人」にしか出会わず

暗闇にとりのこされたような気持ちでいつづけることでしょう。




その鍵の表面には、

「苦しい出来事の中にある本当の意味」や「暗闇のなかにある針の先ほどの希望の光」

というものが「暗示的に」示されています。




真の意味における運命の人に出会いたいと望むなら、

あなたはそれを拾い上げなければいけません。

そしてそれが暗示するものを自ら解読する必要があるのです。




今はまだ未来が見えなくて不安だとしても、

その小さな鍵を見つけたいと感じるなら安心してください。

あなたはかならず、今よりも大きな幸せの扉を開くことが出来ます。

驚くほど大きな、とてつもない幸せを手にする可能性が開かれているのです。




自分を苦しめたからという理由で、相手を否定したまま

「幸せをもたらしてくれる運命の人」に出会うことは決してありません。




「自分を苦しい状況に陥れた人」があなたに与えた意味を理解しなければ、

あなたを幸せにしてくれるたった一人の宿命的な相手には出会えないのです。

なぜなら、もし、まさにその運命の人に出会ったとしても、

あなたが今のままだとするならまた同じことが繰り返されるからです。




たとえその人が、

地球上で最も相性のいい最高の相手だとしても

前世からのとても深い縁がある相手だとしても

たとえ時空を超えたソウルメイトだったとしても

幸せをつかめるかどうかはすべて『今の』あなた次第です。




「幸せをもたらしてくれる運命の人」というのはとても自然な関係であるために、

決してあなたに変わることを強要しません。

お互いがあるがままで幸せになれるからこそ「幸せな運命の人」といえるでしょう。




言い換えるなら、もしあなたの成長度合いが相手に追いついていない場合は、

その人は何も言わずに立ち去ってしまうことになります。




つまり、現在そして過去においてあなたを不幸にした(ように思える)人々も含めて、

さまざまな人生経験をとおして学び続けていなければ

「幸せをもたらしてくれる運命の人」には出会えず、

もし出会うことができたとしてもその人と一生添い遂げることはかなわないわけです。




これはパラドックスです。




「自分を幸せにしてくれる運命の人」というのが

「永遠に一緒にいてくれるはずの人」だと仮定するならば、

もし別れてしまったならその瞬間にその人は「幸せをもたらしてくれる運命の人」

ではなく「自分に学びを与えた人」になってしまいます。

宿命の相手だと信じていても(実際にそうであっても)別れを選んだその瞬間に

そうではなくなってしまうわけです。




また仮に永遠というのが「今世で死ぬまで」という意味だとするなら

最後の最後の瞬間までどうなるかわからないことにもなります。




長年連れ添ってきて運命の人だと信じていた人が、ひょんなことから

死ぬ間際になって長年の不誠実を告白するかもしれない。

「自分を幸せにしてくれた運命の人」だと信じていたのに、

最後の数秒でひっくり返る可能性すらあるわけです。




すべての物事は、永遠に、変わり続けます。




ここでなにをお伝えしたいのか。それは、

「幸せをもたらしてくれる運命の人」と出会えたと感じるとき、

その人を信じて、誠意をつくして、心から愛して、

共に人生を創り上げていくのはあなた次第だということです。




「幸せを与えてくれる運命の人」というものはじつは与えらるものではなく

目に見えない『御縁』という力を基点にして、

二人の力で創り上げていく「限りない可能性を秘めた関係」でしかありません。




それは、幸せにあふれた夢のような生活につながっていることもあれば、

不幸でつまらない関係となってしまう可能性もあります。




「御縁」「因縁」というのはたしかに存在します。

けれど、それを元にして未来を作り上げていくのはあなたしかいません。

運命を引寄せたとき、それをその場で捨て去ることもできれば、

育て上げることもできるのです。




じつのところ、運命/宿命というのは幻のようなものです。

あくまでも個々によって創造される確率的な未来の一部にすぎません。




最初のほうで、

「『運命の人』との出会いはあなたの『運命の思考』から始まっている」

と書きました。




あなたがどう考えるのか。

運命の人に何を望むのか。

どのような幸せの形を求めるのか。

その人をどうやって幸せにしてあげたいのか。




あなたが考えるとおりの「運命の人」が現れることになるでしょう。




あなたは、自分自身の意識や考え方に合った人と出会うことになるのです。

運命の人はあなたの波動の高さに応じてやってきて、

それに合わせた付き合い方をすることになるからです。

出会う人は皆、あなたの心を映しだす鏡です。




「試練をあたえる運命の人」はあなたに学びを与えるためにやってきます。

「幸せをもたらしてくれる運命の人」は真の愛を分かち合うためにやってきます。




まだ自分を愛せない人が出会うのはどちらでしょう。


他者を憎む人が出会うのはどちらでしょうか。


小さなことにも幸せを感じられる人が出会うのはどちらでしょう。


どんなときも希望をさがそうとする人が出会うのはどちらでしょうか。