全てが正しくて、良いことだったなんて言わない。
だけど、悪いことだけでもないんだ。
だからこそ、鏡の中の自分の顔は笑っている。
おれの勤めるトーホク電機は、もともと山形県で創業した電気機器メーカーだった。
今の本社は仙台にあり、おれはそこの営業一課という部署に配属されていた。
辞令は、突然だった。
「嫌ですう~~~!
ヨシアキさんが居ないと俺だめなんですぅ~~~!」
顔に似合わぬ情けない声を出したのは、係長の藤原こと、たっくん。
上司だけど、おれの可愛い後輩。
それを
「何がだめなんですか!
ここは山形主任がいなくなった分まであなたが引き受けるところでしょう!」
腰に手を当ててしかりつけているのは役職があるわけでもない俺たちの後輩にして、実は誰よりも頼れるかもしれない男、今日もメガネがキラリと光る南部正晴こと、ハル。
「惜しまれないよりいいよ、ありがとな、たっくん。」
おれは、涙目の色男に声をかけてやった。
その他いつものメンバーと、今まで通りの日々も今月いっぱい。
あと3週間ほどで、おれは元本社である山形支社に転属になる。
各部署から1、2名づつが引き抜かれて、最近勢いのない山形支社のてこ入れをするのだという。
よって左遷とかではないのだが、それでも俺の場合理由がちょっとカッコ悪い。
「山形だけに、営一は山形君できまりだな」
幹部会議で冗談みたいに軽く提案され、そのまま決定したらしい。
企画部の大友部長が冗談の大好きな人で、言い出したのも、言いふらしたのもこの人。
あんまりよくないことではあるが、大友部長の残り少ない髪がさらに抜けてしまえばいい、こっそりそんな風に呪ってしまった。
引っ越しって大変なのに。
「鷹原さ~~~ん!鷹原さんがいなくなったらきーちゃんどぉしたらいーんですかー!!」
物思いを吹き飛ばし、隣の営業二課から、ややカン高い男の声が聞こえてくる。
そこへまた、横から暢気な男の声がかぶさった。
「あァ~いかわらずだね~、きーちゃんっていうか、曽我くん?」
廊下から顔をのぞかせたのは、開発部の梶本。
「や、おはようございます。
営業一課は山形さん、二課は鷹原さん、そして開発部からは、この俺
梶本聡亮が山形支社に栄転です。よろしくお願いしますね、山形主任。」
「ああ、よろしくな梶本。」
引っ越して環境は大きく変わる。
仕事はもちろん、私生活も変わるだろう。
友達や家族とも離れることになるのだし。
不安だけど、今までとは違う仲間に囲まれた新しい生活も楽しみかもしれない。
そうして、わずかにいつもと変わり始めた一日が終わってみて、部屋に戻ってふと思った。
この小さな同居人を、山形に連れていくべきかと。
「えへへへ、みてみてヨシアキ!」
小さな赤い花がいくつも集まってできた花火みたいな花を、タマは髪に飾ってはしゃいでいる。
「ビャクヤがにあうって、うつくしいって!」
照れて、でも嬉しそうに笑う小さな彼女は、少し成長してきたように思える。
ずっと、おれとしょーちゃんとキリコさんくらいしか友達がいなくて、最近じゃしょーちゃんとかキリコさんとは会わなくなって、きっと淋しかったはずのタマ。
小さな、ワガママな子供、ずっと幼いままのはずだったおれの妹。
いまはもう、娘に近い気もする。
同族を見つけて、きっと前より世界が広がって、ビャクヤくんとの恋は応援していいものか悩むけど、それらが彼女を成長させているのは確かだ。
子離れ、なんて言葉がうかんだ。
「ねえ、ねえ!どしたの?
なんで何もいわないの?ヨシアキ」
そう言って抱きついてきたタマの、何も知らない顔を見ると、おれはその考えが正しいことなのか自信がなくなる。
確実に、悲しませるからだ。
その日、おれはタマに辞令の事を話せずじまいだった。
「いいんじゃないの?」
いつも通りあっけらかんと、りなさんは言った。
「ま、このままじゃオメーは一生独身決定になっちまうしな。」
しょーちゃんはにやりと笑って見せた。
近々引っ越さなければいけないという報告をかねて、おれはタマのことをしょーちゃんたちに相談してみたのだった。
りなさんとしょーちゃんは、いつの間にか恋人になっていた。
いっぺんに用件をすますにはちょうどいい。
神様を恋人にしちゃうなんて、さすが元モテ男だ。
ずっと片想いのおれとは大違い。
「うん、それも理由に入ってるんだ。
だから少し、迷ってた。」
おれがそう言うと、しょーちゃんが後を引き継いだ。
「自分勝手じゃねえか、ってか?」
幼なじみの大親友には、なんでもお見通しだ。
おれは、あいまいに笑いながらうなずいた。
気まずいような、気にしすぎのような、どちらともつかない自分の考え。
しょーちゃんの指摘に、おれを弁護するような意見をりなさんがくれる。
「でもね、ここ最近のタマちゃんの様子を考えたら、あたしでもそうするわ。」
淋しそうに言い、黙り混んだりなさん。
おれも、しょーちゃんもなにも言えなくなる。
ここ最近のタマの様子。
いくつかの出来事が思い出された。
おれと話していて突然、何かに怯えた様子であわてて立ち去った隣の信濃さん。
おれが彼女とあった日には必ず機嫌の悪いタマ。
突然訪ねてきた信濃さんの妹、壱花さん。
「この部屋にいるモノが、お姉ちゃんに災いをなしてる、から。
おねえちゃんに、近づかないで。」
にらまれたけど、おれのよく行くところに彼女が現れることもあり、やっぱりお隣さんだから避けるなんて簡単にできなくて。
合わないように、出勤のタイミングをずらしてみたりしたけど。
何日かしたら 見つかって、
「山形さん、私の事避けてませんか?」
どうやら何も知らないらしい彼女からツッコまれ、自分の気持ちが脈アリなんじゃないかなー、なんて思い始めていることもあってあえなく断念。
おかげで不機嫌でいることが増えたタマだけど、そのぶん白夜くんとよく遊ぶようになり、その話をするときはご機嫌で、怒ったり笑ったり忙しい。