また、いやだー、って騒ぐと思った。
だけどタマは何も言わなかった。
やっぱりこの子は、成長したんだ。
「・・・わかってくれるんだな、タマ。」
黙ったまま首を横に振るタマは、だけど本当はちゃんとわかってる。
嫌いだからおいてくいんじゃないってこと。
おれも、辛いんだってことも。
「会いに来るよ、おれが本当の一人暮らしに慣れて、
タマも白夜くんたちと暮らすのに慣れたころに。」
こくこくとうなずいて、しばらくタマは泣き続けた。
泣きやむまでおれはタマを放すことができず、彼女の手触りの良い髪をなでていた。
そんなおれたちを、白夜くんは少し悲しそうに見つめていた。
任せた、とあえて口にせず笑いかけると、少しだけ笑ってうなずいてくれた。
それから、タマは部屋から出ていくまでおれの顔を見てはくれなかった。
スネているのか、悲しいのか、その姿は目に焼き付いた。
「ばいばい、またな、タマ。」
声をかけると、今まで聞いたこともないくらい小さな、かぼそい声で
「バイバイ、ヨシアキ。」
と言って、うつむいたまま小さく手を振った。
送り出して、ドアをしめて少し泣いた。
怒ったときのタマ。
楽しそうなときのタマ。
うまそうにおれの作ったおいなりさんを初めて食べてくれたときのタマ。
初めて出会った時の赤い着物を着たタマ。
色んな思い出があふれた。
床に座り込んで、いつのまにか寝ていたらしい。
まだ目覚ましは鳴っていないけど、朝になっていた。
引っ越し荷物の箱ばかりが目に付く、見慣れない場所になってしまった室内。
静かすぎることが、もうタマはいないんだとおれに思い知らせる。
それだけで涙がにじんだ。
「はは、ダメだな、タマがいてくれないとおれ、こんなに弱かったんだ。」
それでも、今日からは一人。
寂しいけど、残されたのは喪失感だけじゃない。
今までにない選択肢。
ご近所への挨拶はとうに済んでるのに、おれはもう一度おとなりの部屋のチャイムを押していた。
それから、3年もかかるとは思わなかった。
白夜くんとタマが出会った神社におれたちは来ていた。
なかなかりなさんからのオーケーが出ず、タマの気持ちが強すぎるのか成長が遅いのか、ずいぶん待たされてしまった。
様子を聞く電話をするたびにりなさんは、彼女が、見守るという事をできるようになるまで、会うべきではないと言った。
だから、再会したタマには奥さんを紹介することになった。
驚くタマ。
「ヨシアキ、結婚したのー!?」
すっかり成長して外見も大人びた彼女に、おれのほうが驚くひまはなかった。
「ひどいよ!その女と付き合うためにタマを追い出したんだ!」
いきなり激怒しだしたタマを白夜くんと二人がかりであわててなだめるハメになったからだ。
「タマよ、見守るのだ。」
白夜くんの言葉は
「許さない!この女ー!」
タマの耳には入らない。
「タマやめなさい、失礼だろ!」
おれの言葉も。
「うるさい!どいてヨシアキ!」
つかみかかろうとするタマから奥さんを守りたいけど、もう小さくはないタマに突き飛ばされてしまい、間に合わない。
「信濃!」
か弱い彼女に、あの剣幕のタマが襲い掛かるなんて惨劇だ。
と思ったのに。
「あの女って何?!信濃さんて呼びなさいタマちゃん!」
信濃、おれのか弱いはずの奥さんは応戦していた。
掴みかかろうとする手をキャッチして叱りつけた。
なんだかお母さんみたいだ。
結婚といっても式も入籍すらもまだ、実際は婚約状態のおれたちに子供はいないけど。
感心していると、タマの髪がざわっと逆立ち始めた。
よくない前兆を、ここでやっと出てきた神様が止めた。
「タマちゃん。」
発言していなかっただけで、最初からいたことはいたのだが、同じように最初からいた恋人のしょーちゃんと二人、今まで面白そうに静観していたのだ。
目に見えない力を、おなじように目に見えない力が止めたのだろう。
タマの髪は元に戻っていた。
「お稲荷様!だってこの女が!」
抗議するタマの言葉をりなさんが訂正する。
「お稲荷様じゃなくて、みんなといるときは“りな”でしょう?それからそのお姉さんは信濃さん。ね?」
りなさんがおれの奥さんを見ると、タマと掴み合っていた手をパッと放し彼女はすこし顔を赤らめ自己紹介する。
「織田、あ、もうすぐ結婚するので山形信濃になります。」
「お姉ちゃんさ、本当にソイツでいいのか?」
「しょーちゃん!」
口を開いたと思ったらこれだ。
「そうだよー!結婚やめちゃえー!」
「タマも!」
おれが注意すると二人とも目をそらした。
「ほんとに、タマは大人になったって聞いたのに・・・変わってないじゃないか。」
がっかりした俺を見て、サッとタマの顔色が変わった。
「ごめんなさいヨシアキ!タマ、ほんとはわかってる!あの・・・」
うろたえた顔に少し悲しそうな表情がよぎって、下を向いてしまうタマ。
やっぱり変わってない。
別れ際と同じ小さな女の子に見えた。
「おめでとう。」
絞り出した言葉がケナゲで、おれは頭をなでようと手を伸ばしたが、空振った。
言った直後体を翻したタマが、白夜くんに抱きついたからだった。
変わってないって、思ったけど。
「変わっちゃった、か。」
淋しさを覚えておもわずつぶやいたおれの手を、信濃、もうすぐおれの奥さんになる人がそっと握った。
変わったのは何もタマだけじゃなかった。
おれにだって、何も言わず寄り添って微笑んでくれる人がいる。
ただのお隣さんで、憧れでしかなかったこの人。
その彼女は、言った。
「変わらないでいてほしいって、思うかもしれないけど。
でも、きっと悪いことじゃないと思う。」
抱き着くタマを、以前のおれのようになでている白夜くんと目が合った。
任せてくれとでもいうように微笑む顔を見て、おれは信濃の言う通りだ、と思えた。
淋しいけど、受け入れて笑顔でいることはできるだろう。
きっと、タマも。
離れても、変わっても、つながってるんだから。
終