金曜日
いつもなら学校から直で塾に行くのですが、
あの日はなぜか解りませんが、一旦家に帰ろうという気になりました。
そして帰宅すると、母が「虎太郎がおかしい。」と言いました。
その日虎太郎は朝から外に出掛け、帰ってきたら二階に上がり、私の部屋で寝ていました。
そして母が仕事に行く前、母はカリカリと猫缶を入れていったそうです。
昼、母が仕事から帰宅すると、いつもなら空っぽに食べてしまう虎太郎が、一口も食事に手をつけていなかったそうでした。
しかもどこか元気がなく、一人でバスルームでぐったりしていました。
抱っこをしても細い声で泣き、いつもなら全力で嫌がるのに、その日は嫌がる元気もなかったそうです。
心配になりながらも、動物病院は午後は4時からしか開いていないので、すぐに連れて行くこともできず、母は私の帰りを待っていたそうです。
そして私が帰宅し、事態を母から聞きました。
「水も飲まないし、ご飯も食べない。ごはんの前まで持って行ってやっても、口を開けない。それと、草を吐いた。」と、母は私に言いました。
私が抱いてみても、明らかにいつもと違う感じでした。
「今すぐ病院に行こう!」と言いましたが、その時の時刻は午後3:30頃。
病院へは約十分。
でも開くのは4時からだから、もう少ししてから行こうということになりました。
そしてしばらくし、虎太郎を病院へ連れていこうと洗面所に行きました。
明らかにしんどそうな目つきでした。
虎太朗を抱っこし、車に乗せ、病院へと向かいました。
受付が終わり、十分ほどすると、名前を呼ばれました。
血液を採取され、しばらく待合室で待つよう言われました。
しかしまってる間に、虎太朗の呼吸は荒くなっていきました。
どれくらい待っていたかは覚えていませんが、多分1時間弱は待っていたと思います。
私の腕の中で、どんどん息が荒くなっていきました。
途中、どこかへ行こうとしたのか、少し暴れました。
母が「お母さんが変わるよ。」と言い、虎太郎を私の腕から持ち上げました。
その時、虎太郎は間違いなく私を見て両腕を伸ばし、鳴きました。でも何故そうしたのかは解りません。
そして名前が呼ばれました。
診断結果、
医者は「だいぶ悪いです。」と言いました。
私は訳が分からず、「えっ!!」っと言ってしまいました。
医者が言うには、肝臓の数値と腎臓の数値が、べらぼうに高すぎると言われ、一度吐いたことからも、事故か毒物を摂取したのではないかと言われました。
母と私は突然のことに驚きを隠せませんでした。
今朝まであんなに元気に走り回って、ご飯もよく食べていたのに。
どうして?
医者はこう続けます。
「このまま尿をしなかったら、腎不全で毒素が体を循環して死んでしまいます。とりあえず、どんどん尿で排出しなければ行けないところですが、この子の場合は腎臓が極端に悪すぎるため、尿を作れないかもしれません。今日は点滴で入院させます。この状態では、いつ亡くなってもおかしくありません。」
最後の一言に、母と私は衝撃を受けました。
母は涙ぐみながら「先生、この子を助けてあげて下さい。まだ小さいんです。」とお願いしましたが、
「今夜が山です。ちょっとこの状態では怖いので、深夜でも連絡を取れるようにしておいてください。」
と、淡々と話します。
いまさらですが、もっと「分かりました、最善は尽くします。」とか、「やるだけのことはやりますが、何があってもおかしくないので、連絡はいつでも取れるようにしておけますか。」とか言い方は無いのでしょうか?医者ってこんなもんなんでしょうか・・・。
そして、泣きながら帰宅。
虎太郎のために祈り続けました。
そしてその夜、「新たなことが分ったので、病院に来てください。」と連絡が入りました。
母と病院に行くと、医者からこう告げられました。
「横隔膜に大きな穴が開いていて、そこから内蔵が飛び出し、肺や心臓の呼吸器官を圧迫しています。・・・ので、呼吸が苦しいようです。これが外傷性のものか生まれつきのものかは解りませんが、相当穴も大きいようです。手術するにも、今の状態では麻酔には耐えられません。しかもこの横隔膜ヘルニア自体の手術も、24例中14例が命を落としているという危険な手術です。とりあえず、先にどんどん点滴を打って、おしっこを出してもらって、毒素を出してもらわないと・・・。なんですが、さっき8時に一度だけおっしこをしてからは、全くしていないようなので・・・。ちょっと厳しいかなっと・・・。まぁ、そんなんで、一個一個が非常に重い状態です。」
もう、母も私も涙を堪えずにはいられませんでした。
医者は「こうなったのは、事故かも分かりませんし、毒を食べたのかも分かりません。」
と「わからない」とう回答しかくれませんでした。
そして、「会ってあげて下さい。」と言われ、面会しました。
するとそこには、数時間前とは明らかに違う虎太郎がいました。
首にはエリザベスカラーが付けられ、手には点滴の管が付けられ、明らかに呼吸も苦しそうになっていました。
流動状の食事を食べさせようとしてくれたのでしょうね、口元が汚れていました。しかし、虎太郎はほとんど全く食べられなかったようでした。
「・・・虎太郎?頑張ろうね。おうち帰ろうね。」
泣きながら声をかけると、虎太郎は苦しそうにも短く「ニャー・・・」と鳴きました。
それだけで、もう十分でした・・・。
帰宅後、今夜のうちに死んでしまわないかと、不安でいっぱいでした。
何をする気にもなれず、ただただ、涙ばかりが溢れ出て、どうしようもありませんでした。
早めに布団に入り、祈りました。
「どうか死なないで!死なないで虎太郎!」
気がつくと、早朝になっていました。
土曜日――――。
どうやら、連絡は無かったようです。
良かった、一晩は耐えたんだね、と、安心していました。
病院に連絡し虎太郎の様子を尋ねました。
が、状態は平行線だと言われました。
朝、面会に行きました。
相変わらず、苦しそうです。鼻翼呼吸で、ほとんど呼吸困難な様でした。
あぁ、ごめんね虎太郎。私があの時「酸素室か酸素マスクはしていただけないんですか?」って聞けばよかったのにね・・・。
連絡をうけ、姉が大阪から帰ってきました。
午後4時から、姉も連れてもう一度面会に行きました。
虎太郎は、相変わらずです・・・。
そしてその際、医者には、これ以上よくなる見込みもない。安楽死も手段の一つだと言われました。
帰りの車で、
私は泣きながら母に、
「虎太郎を、もう楽にしてあげたい。あんな呼吸困難な苦しい状態で、生きているのは可哀想だとわない?」
と言いました。
母は少し黙っていましたが、「・・・そうかな。」と、目を真っ赤にして静かに言いました。
そして、涙声で「・・・もう、楽にしてあげる・・・?」と、言いました。
私は大声で泣きじゃくりました。もう母も、虎太郎が助からないことを解っているんと・・・。
しかし姉だけは違いました。「私はもう一日待ちたい。もしかしたら、良くなるかもしれない。」と言いました。
とりあえず家に帰ってから、入院している祖父も外泊にきていたので、食事にしました。
それから、虎太郎をどうするか考えました。
母と私の考えは変わりませんでした。
姉は、「せめて明日まで待ちたい。」と言いました。
でも姉がそう言うから、私も、「そうだな・・・。もしかしたら、明日になったら良くなるかも・・・。」という淡い希望を抱き始めました。
そして母に私の考えを伝えると、
「お母さんは、もう・・・ダメだと思う・・・・。」と、涙ながらに答えました。
そしてこう続けました。
「でも、最終的にはあんたらが飼うって決めたから、あんたらの後悔の無いようにしなさい。」
と・・・。
そして、
「病院にいても家にいても、苦しいのは変わりないなら、一晩、おうちに帰してあげよう。それで、翌朝になっても変わりないなら・・・もう一度病院に連れて行って、楽にしてあげよう・・・。」
と言うことになりました。
その日の夜7:30頃、病院に着きました。
しかし、病院は灯りも消えており、シャッターも閉まっていました。
「どうして!?夜は8時までやっているはず・・。」
と、扉の表をよく見てみると、土曜日の午後の部は7時にすでに終わっていました。
2階が自宅になっている個人経営の病院なので、母が急いで電話をしました。
「先生、お話があるんです。開けていただけないでしょうか。」
しかし先生は出先で、戻ってくるのに30分ほどかかるとのこと。でも戻ってきて開けてくれるそうです。
「わざわざ申し訳ありません。ありがとうございます。」
と、伝えて一旦家に帰りました。
そして午後8時過ぎ、帰宅したと連絡が入りました。
急いで病院に向かいました。
それからこちらの旨を話しました。
医者は「分かりました。用意してきます。」
と、言って、虎太郎のいる部屋に行きました。
その数十秒後「ギャアーーー!!!!」という悲鳴のような声が聞こえました。
先生は虎太郎を運んできました。
あの時きっと痛かったんだね、虎太郎・・・。
そのまま抱っこして、虎太郎を連れて帰りました。
そして家に着いたら、お気に入りだった場所に置いてあげました。
呼吸は苦しそうで、尿も出ていないようでした。
汚れた口元をふいてあげました。
ちょっと嫌がったけど、虎太郎(猫)は綺麗好きだから・・・。
虎太郎は綺麗に体を舐めたくても、もうそんな体力も無いようでした。
あまりに苦しそうな姿に、私たちはひどく涙を流しました。
せめて、呼吸さえ楽ならば・・・・。
皆、こう思っていました。
でも、おしっこも出さないと、毒素が排出できずに尿毒症になって、死んでしまう・・・。
突然姉が、何かを思いついたかのように一階に行きました。
そして何かを運びながら、階段を上がってきました。
虎太郎のトイレでした。
母は「無理無理!こんな状態でできるわけない!」と涙声で言いました。
でも姉は「でもやるかもしれない!病院は環境も違うから、できなかっただけかも・・・。」
そして、ドアの前にトイレを置きました。
みんなで、虎太郎を見つめていました。
すると突然、ゆっくりと、虎太郎は立ち上がりました。
フラフラと歩きながら、大好きだった、私の部屋に敷いているマットに座りました。
「そうだね・・・、虎太郎・・・、ここ、大好きだもんね・・・。」
涙ながらにそう言っていると、また、虎太郎はフラフラと立ち上がりました。
そして、
トイレに入りました。
私たちは、驚いて声が出ませんでした。
そして、砂を堀り、おしっこをする体制をとりました。
ジュルッという音がして、虎太郎はトイレから出ました。
見ると、
尿と共に点滴の成分だと思われるジェル状のものが出ていました。
「虎太郎、おしっこした!」
私たちは奇跡を感じ、祈り続けました。
もっと尿が出るように、腎臓が働いてくれるように、呼吸が楽になるように・・・・。
それから虎太郎は、よく居た場所を、フラフラと移動し、
あっちへこっちへと、座っていました。
それから1時間ほどたった頃、
皆、落ち着きはじめ、下でテレビを見たりお風呂に入ったりしていました。
そのとき私は、2階で虎太郎と二人きりになりました。
苦しそうに、全身で、ハッハッと呼吸をしてました。
私は虎太郎の後ろで、泣きながらずっと祈っていました。
「虎太郎の腎臓が動きますように・・・、呼吸がもう少しでも楽になりますように・・・。」
そうしていた時です。
突然、虎太郎が立ち上がりました。
そして、ゆっくりと私の斜め後ろに来て、
ゴロンと、横になりました。
あの時触って欲しかったのか、ただそうしたかたのかは解りません。
でも私は、虎太郎の方を一度だけ見て、また前の方に向き直し、さらに強く祈りました。
すると虎太郎は姿勢を直し、元いた場所に戻りました。
もう胸が張り裂けそうな思いでした。
この夜は、皆で祈って一晩を過ごしました。
翌朝、日曜日。
虎太郎は苦しそうに、でも、生きていました。
時計を見ると、まだ6時台だったと思います。
私がトイレに行くと、母も起きていました。
そして、私が部屋に戻ると、
母が慌てたように部屋に来て、
「ねぇ、人間だと人工透析ってあるけど、動物もできるんかな。」と言いました。
私も同じことを考えていました。
「でも、あったとしても東京に一件とかそんなんじゃない?」
と返しました。
それでも一回、「ネットで調べてみよう。」と、関西圏で探してみました。
そして調べた結果・・・
「お母さん!大阪にあるみたい!」
私は母に明るい報告をしました。
父に住所を見てもらうと、ここから車で1時間ほどで行けると言われました。
虎太郎は昨日より、もう少しだけ苦しそうに見えました。
だから、もう開業時にすぐに見てもらえるようにと急いで用意をし、8時過ぎに家を出ました。
車の中で虎太郎は、
苦しそうに、でも頑張っていました。
虎太郎の鼻から、昨日には無かった茶色い液体が出ていました。
私はそれが特に気になりましたが、どうする術もありません。
道中、5kmほどの距離がある少し標高の高い山道に差し掛かった時です。
虎太郎はしんどいはずなのに、
突然、入っていた箱から出ようとしました。
「だめだよ、虎太郎。」と、止めましたが、
四方から体を乗り出し、出ようとします。
そして、暴れながら、か細い声で何度も何度も「ミャアー!ミャアー!」と鳴きました。
気圧の変化が著しい所だったので、恐らく小さな体に負担がかかったのでしょう。
何度も、何度も、鳴きました。
もう、見ているこちらがどうにかなりそうでした。
「虎太郎、苦しいね、しんどいね、もう少しだからね・・・。」と、虎太郎をなだめました。
下顎を撫でられるのが好きだった虎太郎。
下顎をなでながら、なだめ続けました。
山を降りた頃、ずっと鳴いてた虎太郎はハッタリと鳴き止みました。
きっと疲れ果てたのでしょう。
大人しくはなしましたが、呼吸も更に荒くなっていました。
間も無く、病院につきました。
患者が多いらしく、車がたくさん止まっていました。
とりあえず受付を済ませ、15分ほど待ちました。
名前が呼ばれ、
診察室に入りました。
獣医師は虎太郎を見て、「大分息が苦しそうですね。」と深刻な表情を見せました。
そして前の病院での診断結果や、恐らく毒を食べて・・・、などの虎太郎の状態を話すと、
獣医師は、「いや、事故です。腎不全で横隔膜ヘルニアが発症することはありません。横隔膜ヘルニアは大きな衝撃が加わって発症しますから。」とおっしゃいました。
母は、「でも、前の病院の先生は、事故だと他が綺麗すぎるって言われたんですよ。」と答えました。
すると獣医師は「そうとは限りません。猫ちゃんはしなやかですから、外傷がほとんど無いと言うこともあります。・・・あと、腎臓の方もそうなんですが、この呼吸の状態だと腎不全より先に呼吸不全の方が恐いです。人工透析をするにしても、この呼吸状態だと・・・。とりあえず、透析を出来るかどうか検査をしてみましょう。」
と言い、血液採取をしました。
「大分息が苦しそうなので、とりあえず酸素室に入れますね。」
と言い、酸素室に入れていただきました。
あれで、少しは楽だったのかな・・・。
「検査の結果が出るまで、待合室でおかけください。」と言われました。
私たちは「これで、虎太郎が助かる。」と、やっと見えた一筋の光に希望を抱きました。
数十分後、
名前が呼ばれました。
そして・・・
「前に見ていただいた病院での数値より、大分高くなっています。今、腎臓の数値を図る機会がエラーを起こしていて、ちょっと、すぐには腎臓の数値は出せません。エコーとレントゲンをとって、状態を見て明日には透析をしたいと思います。・・・ので、明日の朝、また来られますか?」
と、医師は言いました。
母は「はい。」と、涙目で答えました。
医師は「では今日のところはお預かりしますので、また明日、午前中のうちに来てください。」と言われ、
最後に、
「まだ若い子なんでね、頑張ってほしいですね・・・。こちらも、できることはやってみましょう。」と、少し涙ぐんで言ってくださいました。
私たちも、「きっと虎太郎は助かる。また帰ってくる。」と思っていました。
その日の昼、母が携帯を見ると、その病院から連絡が入っていました。
マナーかドライブにしていたので、気が付かなかったのです。
かけ直してみると、「本日の営業時間は終了いたしました・・・」と言う電子音声だけでした。
日曜日は午前中で終わりなのです。
電話の内容が気になりながらも、明日の朝の検査結果を待つだけでした。
その夜も、特に母は虎太郎のために祈っていました。
私はもう、期待して裏切られるのが嫌で、悲しくて、腹をくくっていました。
母は大阪に行く道を知りません。
母はあの時ほとんど勢いで返事をしましたから、父に道を聞いて行く予定でした。
しかし母は精神的にも大分参っており、一人で行くには危険に思われました。
私は虎太郎のためにも、「私も行く。」と言いました。
翌日は学校がありましたが、1日くらいもう構わないと思いました。
そして翌日、月曜日の朝。
母は8時頃、私を起こしました。
早く行こうか、
と、着替え始めたときです。
私は2階に居たのですが、1階で電話が鳴りました。
そして、母が出たのが分かりました。
少ししてから、
静かに母は2階に上がってきました。
「虎太郎ね・・・、昨日の夜の間に、酸素室で亡くなったって・・・。」
母は目を赤くしながら言いました。
私は「あぁ・・・やっぱり・・・あかんかったんか・・・。」と、気が抜けました。
「早く、虎太郎迎えに行ってあげよう・・・。」
虎太郎が家に帰ってきて、大好きだった外が見えるように、大好きだった座椅子に寝かしてあげました。
抱っこすると、体は硬くなっていました。
でも関節はまだ柔らかく、しっぽも手も、首も動きました。
手の肉球は黄疸が出て、綺麗だったピンク色が黄色になっていました。
死因は腎不全より、やはり呼吸不全だと言われました。
レントゲン写真を見せていただくと、心臓は圧迫され、肺はとてもとても小さくなり、ほとんど酸素を取り入れられる状況ではありませんでした。気管も通常よりも細く細くなっていて、非常に呼吸が困難なようでした。
腎臓の数値を測るのに、機械がエラーを起こしたと言っていましたが、もう機械の上限を上回るほどの数値だったそうです。
母の携帯に連絡をしたのは、それらの検査結果を伝えるためだったと言っていました。
そんなにしんどかったのに、頑張ったね虎太郎・・・。
虎太郎は動物も火葬して頂ける斎場で火葬しました。
カリカリとおもちゃを入れてあげました。
お骨は綺麗に小さなお壷に入れて頂きました。
色々して、帰ってきたのは午後6:00頃でした。
何が悲しいかと言うと、楽しかったことを思い出すのではなく、
あの苦しそうな呼吸と、目つきです。
それを思い出すだけで、胸が締め付けられます。
後から思うことは色々とありますが、そんなことを考えても今はもうどうしようもありません。
でも、家に帰ってきた日、苦しかっただろうけど、ずっと尻尾を振っていました。
最後の日の朝、虎太郎は私の部屋にいました。
苦しそうな目でしたが、
私が腕を差し出すと、虎太郎は元気だった頃と同じように両手を添えて、一緒に寝ました。
虎太郎、最後に ありがとう。ありがとう。
虎太郎、お疲れ様。
うちに来てくれてありがとう。
もう、苦しくないね。痛くないね。
7ヶ月しか一緒に居られなかったけど、私達に幸せをくれてありがとう。
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最後まで読んでくださった方へ
長文でありましたが、ありがとうございました。
私は三日三晩泣きました。もう大丈夫です。
あなたがもし動物を飼っているとしたら、何か異変を感じたら医師に相談してください。そして、呼吸が苦しそうならば酸素マスクや酸素室は無いか、獣医師に聞いてみてください。
獣医師も人です。気づかないこともあります。
あなたが気づいた事があれば医師に相談してみてください。
私は、もっと早めに、酸素系のものはないのか、透析はできないのか、もう少し虎太郎の体力があるうちに聞けば良かったと思っています。
しかしこうやって、後から色々思っても仕方がありません。
今日、このことを書くのは辛かったですが、心配してくれた友人もいたので、忘れないうちに書いておこうとおもいました。
でも決して、虎太郎を引き止めるようなつもりで書いたのではありません。
私は彼の死を受け入れています。
悲しいけど、やっと楽になれたんだと思っています。
最後まで読んでくださった方、心配してくれた友達、本当にありがとう。