上の文章、すごくいい文章なのだけれど、漢字のせいで、混乱してしまった。
分かると、分けるは同じ漢字を使う。物事を分類していくことが分かるってことだというのはよく「わかる」話だ。構造の把握が「わかる」の早道なのはそうだろうけど、「構造の把握」と「共感」はちょっと違う。「分かる」はその両方の意味を持つ。
understandの語源を見てみると、「下に立つ」「近くにいる」から、「わかる」ようになる。これは納得できる話だ。近くにいれば「共感」できる。わかる。
わかるという言葉は日本語において最も中心的な「理解する」を意味する。理解するじゃないな。わかるはもうわかるで、それ以上言いようがない。
分けることを語源とする言葉は、内在的に、区別ひいては差別を含んでいないだろうか。日本語を通した世界理解では、分けることでわかる。物事を自分の内側と外側に分けることでわかっていく。
そこには、自分から寄り添っていくという動きはない。
なんて、ちょっと思っただけ。
