タイトルの言葉は自分のでは無くて、気になってはいたものの「そこまでの関連性あるのかな?」と思っていました。
例えばベッキーさんと川谷絵音さんの「ゲス不倫」がありましたが、大変な社会的非難を浴びました。自分に何ら実害は無いのにゲス不倫を非難する人々は「他責」だと思いますが、その事実と彼等が「底辺」だとする事とはちょっと結び付かない。
因みにここでの「底辺」の意味は低収入という意味が主体です。
で、愚かにも今更「他責=底辺」の等式が正しい事が判って来た訳です。
例えばある人が家庭教師をやってたとしましょう。
子供を教えていて苛々してしまう人はたまにいますが、それって子供の理解力の無さを責めてしまっています。「なぜ解らないのだ?」と責める意識を持つ人すらいますが、無くても心の底には他責意識があります。「他人に対する怒りの感情≒他責」という理解で良いと思います。
しかし一朝一夕に子供の理解力なんて伸びません。これを育てるのは実は可能なのですが、年単位で時間がかかります。だからその場で子供に対して苛々しても意味は全くありません。
こういう意識の人に仕事出来る人はまずいません。だから出世も商売繁盛もせず「底辺」なのです。
出世しないと断言してしまいましたが、ちゃんと根拠があります。
他責だと自己の成長が無いからです。
上記の家庭教師の例でいえば、理解力の低い子供と向き合う事による自らの教育力を上げる機会を失い続けるという事になります。
この事は本来教育だけでなく全ての仕事にいえる筈です。つまり困難な仕事ほど寧ろ成長の機会を得られたと、喜ぶべき所なのではないのか?
このように他責指向がある人はたまに機会損失するのではなく、常に全て失うのが怖い所です。内側の成長が一生無いです。
そんな人そもそも雇いたくはないでしょうし、友人や家族として持つのも嫌という話です。
上記があるからといっても僕は他責を捨てて「自責」の道を勧めるかというと、一部の人を除いては勧めません。大変困難な道だからです。精神的な病と紙一重の生き方でもありますし。
特に「自分は頭が悪い」なんて思い込んでる人には、寧ろ絶対に勧めません。
上記で仕事の困難と書きましたが、その困難というのと理不尽というのとは全く別物ですが、後者なのに自責し出すと電通で自死された東京大学出身の方のようになります。
東大の人でさえ判断を誤る世界ですから、自分が馬鹿なんて思ってる人は到底無理なのです。
最後に「他責」に関してもう少し踏み込んだ話をします。
僕自身は一般に正しいとされている事や学校や会社の規則などについて、必ず自分の中で吟味してその正否を自分で判断します。
ところがこの姿勢自体を否定された事は過去無数にあります。僕の判断の正否ではなく、自分自身で考えて判断する事そのものをです。残念ながら他人の価値観まで踏み込んで来る人は、批判のように議論前提で無いのが殆どです。明確にこちらを否定して来ます。
「個人の自分勝手な判断は全体の利益を損なう」という観点からの否定ですが、僕からしてみると「全体の利益が現状のシステムによって損われる」という事です。だからこちらの判断の正否は問われて構わない。
逆の姿勢は他人に強制や命令された事に盲目的に従う事ですが、そういう姿勢の人は失敗は自分の責任だとは思いません。失敗は常に命令や強制した側にあるという事です。
これが「他責」の本質です。それは同時に「奴隷指向」という事でもあります。
確かに命令・強制された側に責任がある方がおかしいです。なので他責指向自体は悪では無く、単なる生き方の問題です。
しかしそれを他人に押し付けるのは間違っています。これは日本の教育が最低でも9年間行ってる事です。子供の9年間ですから、多くの日本人が「奴隷指向」になります。ネットでの炎上は社会的に作られているのではないでしょうか。
このように自責の生き方は物事を自分で判断する事とセットになります。その結果として自分の失敗は自ら背負わないといけません。
逆にルール徹底遵守・命令遵守の人は、ルールを作る人や命令して来る人を批判・非難する権利があります。寧ろソコをちゃんと他責すべきな位です。
でも逆にルールも命令も吟味して、正否を自分で判断する人間を他責するのは止めて欲しいと思います。
実は自分で責任を負う生き方というのは、責任自体より責任を負わない人々からの圧力が一番厳しいという意味の分らない事になってるのが日本の現状となります。
自責だけでも大変なのに大多数の他責の人間も敵に回すのでは、一部の人を除いてとても勧められないという話になるのはこの為です。
では他責人生を勧めるかというと、もっと勧めません。
例えば日本政府が作っているシステムの不備は先進国トップの累積赤字に転嫁してるのですが、それはいつまでも続かずに何れ我々の人生にも影響し出します。
日本政府の法律や政策を遵守肯定してる人は、いざ駄目になったら日本政府を責める資格はあるでしょう。しかしその時点でもはや政府を責めても始まらないのです。
一方政府なんて全く信用せずに、独自の判断で色んな対策をしてる方が人生は上手く行くと思います。こういう人は政府を他責なんてしないで、人生行き詰ったら自己責任というマインドです。こういう危機感を持って人生を歩んでる人の方が色々強いと思います。