タロウの同級生のお母さんで、近所に住んでいるMちゃんから「相談がある」とラインがきました。



わざわざ相談があり、ラインでは言えない…嫌な予感しかありませんでした。


ただ、Mちゃんとは支援員の仕事も同じなのでその話かな?と思いながら待ち合わせ場所に行きました。


Mちゃんは三兄弟の男の子のママで40歳です。

学校は違いますが同じ支援員の仕事をしていて自分にも他人にも厳しいタイプです。



久しぶりに会ったMちゃん、

髪を短く切っていて顔がやつれていました。

周りに知っている人がいたため、歩きながら話そうと歩き出しました。


すると泣き出してしまい、

「最近うつ状態で」

と話したあとに

「明るく話そうと思ったけどダメだね。泣いてしまう。」と言ったあと


ポツリと「乳がんになってしまって…」と。


一瞬で私も顔が歪み涙が溢れてしまいました。

思わず抱きしめました。不安なのが伝わってきました。


話を聞くことしかできませんでした。


Mちゃんが「マンモの検査が痛くてもうしたくない」と2年くらい前に言っていたのを私は可愛いなと思ったのを思い出しました。


そのことをとても後悔している様子でした。

「痛かったからもうしたくないと検査をしなかったのが悔やまれる」と。

「でもまさかこんなに早く自分が乳がんになるなんて思わなかった」と。




「悪い夢を見ているようで覚めてほしい」とも。




2週間前に自分で発見したそうです。ゴリゴリした形の悪い塊が胸にあるのを。

すぐに病院に行き検査をしてまだ結果は出ていないが、お医者さんに悪性で間違いないと思うと言われたそうです。


色んな種類があり、どんな種類かステージなどはまだわからないそうです。


近くの総合病院に通っているが、どこか良い病院はないかと聞かれました。


Mちゃんは関東出身なので福岡に詳しくありません。

「浜の町病院が一番有名だけどここからはちょっと通うのが大変かも。九大病院はどうかな?私の母は卵巣がんの手術を九大でしたけど信頼できたと言っていたよ。手術は40代後半のベテラン先生が担当してくれたけど色んな人と検証してたような話をしてくれた記憶がある。」と話しました。


親戚も福岡におらず、家族のことも不安と話していました。


習い事の送迎を一番にお願いされました。もちろん受けました。


私にできることは何でもやると言いました。


Mちゃんの子どもたちは陸上をしています。

私は「久しぶりに応援に行きたいし、博多の森競技場へもいつでも送るし、入院の送迎もその間のお弁当作りもするよ」と言いました。


まだ、先のことまで考えられないと言っていたのでそうだろうなと思いました。


目の前の検査結果や転院した先でもう一度検査をするのか、などを気にしていました。検査が痛かったそうでもうしたくないと。


ストレスを溜めやすく常にいろんなことに悩んでいるタイプなのでとても心配です。



家に帰ってから思ったことは、

「絶対に生きてほしい」


私にできることは何でもしようと思います。


高濃度ビタミンCの点滴も勧めたいですが、今はその時ではないと思っています。


マルチ商法や健康に関する情報は、いろんな人から勧められると思います。

そこでいろんな判断をするのはまだできないと感じたからです。



今できることは、送迎の手伝いと話を聞くことだと思っています。



朝、目が覚めるたび、私も悪い夢を見ているような感覚になります。



Mちゃんと将来「あの時は頑張ったね」と話せる日がきますように。